2026.11.08
【俳優・岸井ゆきの】誰もが何かに影響を受けて生きている人生に、思いを馳せる
「夜のピクニック」や「蜜蜂と遠雷」など、数多くの名作を著してきた直木賞作家・恩田陸。その著作の中でも海外からの評価が高く、“傑作ミステリー”“伝説の一冊”と名高い「ユージニア」が、このほど全6話からなる『連続ドラマW 恩田陸 ユージニア』として実写化されました。
北陸地方のK市で医師会の代表を代々務めてきた名家で起きた、凄惨な毒殺事件。少女期に現場を目撃し、やがて大学時代に事件をモチーフに卒業論文を書き、小説としてベストセラーになるも、どこかで過去を引きずっている主人公を、岸井ゆきのさんが演じています。
映画『すべて真夜中の恋人たち』も公開間近、年々国際的注目度も高まっている岸井さんをして“難役”と言わしめる人物を生きた日々に、何を思い考えたのか──その胸中を語っていただきました。
原作小説「ユージニア」の解釈

──本作『ユージニア』は便宜上“ミステリー”と銘打たれていますけど、立場や環境や境遇によって人生や運命が変わってしまう人たちを描いた群像でもあるのかなと感じました。岸井さんご自身は、作品に対してどのような印象を持ちましたか?
おっしゃるように、1つの出来事によって登場人物たちはそれぞれ人生を狂わされてしまう物語ですけど、自分たちの日常も何かしらの影響を受けたり、左右されているように感じています。「平凡な人生だな」と思っていたとしても、知らず知らずのうちに誰かや何かの影響を受けていて、ちょっとしたきっかけで平凡じゃなくなるかもしれないじゃないですか。本当に何が起こるか分からないのが人生で、(物語の軸となる、北陸K市の名家・青澤家で17人が犠牲になった)毒殺事件が起きなければ(岸井さんが演じた雑賀)満喜子も(木竜麻生さん演じる、毒殺事件に興味を抱き、満喜子を取材するライターの田波)友子も、違う人格になっていたはずなんですよね。それが良いことなのか、あるいはそうじゃないかではなくて、どのように受けとめて歩き出していくかを恩田陸先生は描きたかったのではないか、と私は解釈しました。
──そういったテーマ性や意図を汲んだうえで、役を演じられているのでしょうか?
そうですね、どのように映るか、満喜子という人がどう見えるかというよりも、作品が何を伝えようとしているのかを考えていました。特に「満喜子はどうしたいのだろう?」という彼女の気持ちを考えていたかもしれません。ドラマそのものに対する感想であったり、どう見えていたら面白いと思ってもらえるかというところにこだわるわけではなくて、私としては満喜子の感情だったり、彼女ならではの話し方、ものの言い方を体現することを徹底したい、という思いでしたね。
──主演という立場上、作品を背負うという意識は強まるものなのでしょうか?
多少はありますけど、「主役だから、座組を明るくしなきゃ!」みたいなことは、登場人物がそれぞれ丁寧に描かれている『ユージニア』という作品の性質もあって、そこまで気にしなくてもいいのかなと思っていました。ただ、この物語はすごく複雑で難しいですし、人によって見え方が変わってくる作品でもあるので、監督とは土台の部分で同じ方向を向いていたいなとも考えていました。そのためには、やはりしっかりとお話をすることが不可欠だなと感じましたし、たくさんの時間をとっていただけたのは、ありがたいことだなと思っています。
「感覚に応じて声色や話し方を変えていけたら」

──本作で、岸井さんは雑賀満喜子の20代と40代を演じています。原作と台本を読んで咀嚼したうえで人物像を立ち上げていかれたと思いますが、具体的にどのようなアプローチをされたのでしょうか?
満喜子に対しては、20代であっても40代であっても…何となく“出口がない”ような感じがしたんです。ただ、20代のほうがよりどうしたらいいか分からなくて、地に足が着いていないと言いますか、迷子になっているような感覚があって。「もし毒殺事件が起きていなかったとしたら、自分にも違う人生があったんじゃないか」と、事件によって確実に影響を受けたことや、周りからの見え方もすべて変わってしまったことにまだ囚われていて、着地点が見つからないまま、いろいろなことが塵のように舞っている感じがしたんですね。そういうイメージを大切にしながら、「この本(=毒殺事件をモチーフにした小説『忘れられた祝祭』)を書けば、もしかしたら出口が見つかるかもしれない」と、何かしらの希望を抱きながら何かをしようとしている満喜子を演じようと思いました。
一方、40代の満喜子は舞っていたはずの砂が全部固まって泥ダンゴのようになってしまったイメージなんです。「本を書き上げたから今の自分がある」と自覚していながらも、それでもまだ毒殺事件に執着しているところがあって。なので、書き上げたものの、また新しく自分の中で書き直しているという感覚を持ちながら、演じていました。

──20代の満喜子は話す相手によって声や話し方が変わる、という描かれ方がされています。そういった要素も演じるにあたってヒントになり得たのでしょうか?
そうですね…ただ、そういうことって多かれ少なかれあるんじゃないかなと思っていて。たとえば、家族と会話する時と今こうして取材でお話する時とでは、まったく違う自分になるじゃないですか。質問されたことに対してお伝えするべきことを言葉にする場と、ソファーに寝そべって携帯を触りながら話しても特に何も言われない家の中とでは違うように、満喜子を演じるにあたっても状況に応じて変えていこうと考えたんです。
ただ、「この人と話す時には、こういう声で」みたいに、あらかじめつくってしまうとチープになりそうな気がしたので、ホン読み(台本の読み合わせ)の時にはあまり色をつけずに読んでみて、現場へ行って相手の方にお会いして休憩時間も喋ってみて、その時の感覚に応じて声色や話し方を変えていけたらいいなというスタンスで臨みました。それはお芝居としてもすごく面白かったですね。普段は自分の役柄というものを踏まえて、「この子だったら、こんなことはしない」という感じで、限定された中から選択肢を見つけていくんですけど、今回の『ユージニア』では相手役の方と会った時の感触だったり、その日の天気によっても変えていける要素があったので、演じていて楽しかったです。
さらに細かいところで言うと…自分と友達だけで会うのと家族の前で友達といるのとでは、これもまたちょっと話し方や声って変わってくるじゃないですか。なので、(大学時代の満喜子のサークルの後輩で、卒論の取材を手伝う)北村から「雑賀さんは人によって声が変わる」と言われますけど、満喜子本人はまったく自覚していないんですよね。そこを気にしていない人なんだろうなと考えると、意識して変えるのも不自然だなと解釈して演じた──という感じでしたね。
成海璃子さんの存在感

──その満喜子にとって、少女期からずっと特別な存在だったように思えるのが、青澤家の令嬢にして毒殺事件の生存者でもある青澤緋紗子です。成海璃子さんが演じられた、視力を失っているからこそ独特のオーラをまとった女性と対峙されて、どんなことを感じられたのでしょうか?
スケジュールや天候の都合もあって、成海さんとのシーンは後半のほうにギュッと撮っていったんですけど、成海さんご自身がすごく独特の響きを持っていらっしゃる方で、それが満喜子にとっても私自身にとっても大きく作用したと思います。物語上すごく大事なシーンになると思ったので、ホン読みの段階から何回もご一緒させていただいんたんですけど、本番の撮影ではよりいっそう緋紗子のカリスマ性が感じられて。何でしょうね…緋紗子の言っていることがすべて正しい、というよりも、「もしかすると、間違っているのは自分なんじゃないか?」と満喜子に思わせるような凄味があって、台本で読んだ時よりもグッと心の中に入ってきたことが印象に残っています。でも、満喜子は緋紗子に影響を受けているし憧れてもいるので、そのカリスマ性に呑まれるような感じで、対峙させていただきました。

──なるほど。それと、丸山隆平さん演じる長兄の誠一が、毒殺事件に興味を抱いたライターの田波友子に満喜子の人物像について語るくだりもありますが、彼の一連の言葉も満喜子像を立脚する要素になったということはありますか?
はい、兄である誠一さんの影響を満喜子は明らかに受けていて、それが彼女の人格を形成する一部になったように思います。そういったところから掘り下げていくと、満喜子は他者のことを理解したかったのと同じくらい、他者に自分のことをわかってもらいたかったんじゃないかなと、想像したんですよね。もしかすると、“他者に対する理解を深める対価として、自分のこともわかってもらえるかもしれない”という希望を、満喜子は抱いていたようにも思えるんです。そう考えると、本を書くということも「自分が何かを発見できれば、誰かに自分のこともわかってもらえるかもしれない」という希望を見出してのことだったのかもしれないな、と。でも、実際はどこまで突き詰めてもわからないし、わかるはずもないんです。そこから抜け出せない人物なんですよね。
──ずっと“自分探し”をしているようにも映ります。
満喜子はもちろん、誠一も次兄の順二も毒殺事件のショックを乗り越えようとしているんですけど、誰もうまくいっていないんですよね。その呪縛から逃れられないと言いますか。立場的にも、誠一は受け止めようとしているところもありますけど、やはりトラウマは大きくて…という堂々巡りになっているような印象がありますし、それこそ先ほどお話ししたように“泥ダンゴ”のように固くなってしまうんだろうなと思ったりもしました。
ロケ地・金沢でもう一度訪れたい場所は…?

──そこからつなげるわけでもないんですが、時間と経験と重ねるにつれて身についたこともあれば、初期衝動やガムシャラさがあったからこそできた表現もあったのではないかと想像します。そういった、何かを得たかわりに失ったものもある、といった感覚は岸井さんの中にあったりもするのでしょうか?
今までの仕事に関してはすべて、もう1回同じようにはできないだろうと思っています。熱量は同じように注ぐことができるんですけど、その時の感覚だったり、勢い、その場の空気といったものが合わさった結果、作品として残っているので。若くて粗削りだったからこその良さもありますけど、上を見れば尊敬する俳優の先輩方がいらっしゃいますし、座組によってはまだまだ年少という場合も全然あるので、そうなったら誰よりもガムシャラでなければいけないという気持ちが自分の中にはあって。反対に自分が年長者になる場合はプレッシャーを感じると思うんですけど、年齢が上がったとしても座組の顔ぶれによって自分の感覚や勢いを変えながら臨めるはずですし、まだ味わっていない感覚を経験できることへの期待もあるので、つまるところ、常に“今しかできないこと”をやるしかないし、そこはちゃんとできているんじゃないかなという感覚が、自分の中ではあったりもするんですよね。
──今後の岸井さんのお芝居も楽しみにしています。なお、『ユージニア』は金沢市でロケを行っていて、国指定重要文化財の「兼六園・成巽閣」の「群青の間」でも撮影をしています。率直にいかがでしたか?
よく母と国内の建築物を見に行っていて、兼六園にも行ったことがあったんです。でも、その時は成巽閣の「群青の間」は見られなくて。「群青の間」は原作でも登場するので、今回の撮影の楽しみの1つでもありました。実際に入らせてもらってみると、思っていた以上に鮮やかな青色で「こんなに美しく残っているんだ!」と、ちょっとビックリしてしまって。なんでも塗料がちょっと違うらしくて。そんな由緒ある場所でロケをするということで、いつも以上に緊張感がありましたね。だけど待機場所からはお庭がよく見えて、とても気持ちがよかったです。木竜麻生さんと、「せっかく来たんだから、この景色を楽しまなきゃ!」という感じで、2人して満喫できたんじゃないかなと思っています。


──何よりでございます(笑)。ちなみに、金沢では美味しいものを食べたり、名所を訪ねることはできたのでしょうか?
友人が金沢に住んでいるので、少し早めに現地に入って河川敷でたたずんだり、おすすめの割烹料理屋さんに行って海鮮をいただいたり。それと茶屋街にも行ったんですけど、前に母と行った時は大雨だったんですよ。今回は夏日だったものの、いい天気だったので、茶屋街のすぐ向こうに山が見えて、それがすごく気持ちよくて。川も土手になっていて、地元のおじいちゃんがラジオを聞きながら歩いていたり、子どもたちが遊んでいる声や鳥のさえずり、川のせせらぎを河川敷で聞きながら、「こういう素敵な場所が東京にもあるといいのになぁ…」なんて、友人に言ったりしていました。
あと、私の中で最高だったのが「石川県立図書館」です。円形でものすごく広くて、いたるところに共用の椅子があって、気軽に座れるし勉強もできるし、しかも蔵書の数がすごく多くて! あんな図書館が近くにあったら毎日行っちゃいますね。あんまり時間がなくて、ゆっくりできなかったんですけど、次に金沢へ行く時は開館から閉館までずっと過ごしたいと思うくらい、素敵な図書館でした。

Profile
岸井ゆきの
1992年生まれ。神奈川県出身。2009年に俳優デビュー。主な出演作に大河ドラマ「真田丸」、NHK連続テレビ小説「まんぷく」、「恋せぬふたり」「お別れホスピタル」「恋は闇」、映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』『愛がなんだ』『神は見返りを求める』『やがて海へと届く』など。2022年公開の映画『ケイコ 目を澄ませて』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞をはじめ数々の主演女優賞を受賞。2026年は第79回カンヌ国際映画祭出品『すべて真夜中の恋人たち』、第28回台北映画祭出品『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』など映画祭出品作品に挑戦した。
■「連続ドラマW 恩田陸 ユージニア」
WOWOWにて2026年11月8日(日)スタート
毎週日曜22時放送・配信(全6話) ※第1話無料放送
出演:岸井ゆきの
⽊⻯⿇⽣ 倉須洸 倉持春希
丸⼭隆平 真⽊よう⼦ かたせ梨乃
成海璃⼦ ⽚岡愛之助
原作:恩⽥ 陸『ユージニア』KADOKAWA/⾓川⽂庫
脚本:安達奈緒⼦
監督:古川豪、川井隼⼈
撮影/須田卓馬
取材・文/平田真人
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