【俳優・大谷亮平】「海外での挑戦は大きな財産」。芸能生活20周年を経て感じること
INTERVIEW

2026.10.08

【俳優・大谷亮平】「海外での挑戦は大きな財産」。芸能生活20周年を経て感じること

2006年に韓国で役者としてのキャリアをスタートさせた俳優の大谷亮平さん。2016年には日本デビューを果たし、今年で芸能活動20周年を迎えました。

日本デビュー10周年を記念して、10月17日(土)に1st写真集「ROAD AHEAD(ロードアヘッド)」を発売します。撮影場所は、大谷さんの原点である韓国です。さらに10月9日(金)からは映画『遥かな町へ』、また11月6日(金)には日韓合作映画『3ミリの恋』と出演作品が公開されます。

現在も日本と韓国で大活躍中の大谷さんに、これまでのキャリアを振り返り、今、感じていることをじっくり伺いました。

人生を振り返る年齢になって見えてきたものとは?

――間もなく映画『遥かな町へ』が公開されます。日本の漫画が海外での映画化を経て、初めて日本で実写化されますが、出演が決まった時のお気持ちを教えてください。

出演が決まった時は、長く愛された名作の映画化ということで純粋に嬉しかったです。決まってから、どんなストーリーで、自分の演じる役が作品の中でどんな存在なのか、ということを理解するために原作に触れました。僕は、主人公の中原博史の大人時代を演じましたが、博史が中学生時代にタイムスリップする場面は、実際に起こりえないとわかっていながらもワクワクしました。また、男のロマンを描いた部分もあったので、興味深く物語に没入することができました。

――中原博史役は、どんなことに気をつけながら演じましたか?

博史はごく普通の家庭を持つ48歳の男性なので、あくまでも自然体で「普通」の男性であることを意識しました。エンディングに向かうにつれて、家族の物語としての側面も強くなっていくので、その部分は特に大切に演じました。

また、自分自身もこの年齢になったからこそ、両親に対していろいろな思いを抱くようになりました。劇中のセリフにもありますが、「この時、母は幸せだったのかな」と考えたことも実際にあります。そうした自分自身の経験とも重なる部分があったので、主人公と同じような気持ちを重ねながら感情移入して演じることができました。

――博史はいわゆる“ミッドライフ・クライシス”を迎えた男性ですが、大谷さんご自身、ふとした瞬間に焦燥感を感じたご経験はありますか?

そこまで深刻なものではないと思いますが、やはり漠然と先のことを考えることはあります。これがミッドライフ・クライシスに当たるのかは分かりませんが、僕自身、まだ独身なので、「これからどうなっていくんだろう」と思うことはありますね。そういう意味では、博史の気持ちに共感できる部分もあったと思います。

でも不思議なことに、同世代の友人たちとそういう話をする機会はあまりないんです。ネットではミッドライフ・クライシスについての情報を目にしますが、自分の周りで「今ちょっとそういう状態なんだよね」と打ち明ける人もあまりいない気がします。

――誰にでも漠然とした不安感に包まれることはあるかと思いますが、大谷さんはそんな時、どのようにして気持ちを立て直していますか?

どんな人生でも、家庭があり仕事が順調だったとしても、ふと心に穴が空いたような感覚になり、自分自身を見つめ直す瞬間はあると思います。僕の場合は、一人で抱え込むというより、周囲の人たちと話しながら乗り越えるタイプですね。どちらかというと外に出して発散するほうなので、何かあった時は親友と会って、お酒を飲みながら愚痴をこぼしたりします。そういう時間そのものが楽しかったりもするんです。

男性は一人で解決しようとする人が多い印象がありますが、僕は姉と妹との仲がとても良くて、いろいろなことを相談しています。価値観や考え方に共通する部分も多いので、話をしていると「そんなに間違った方向には進んでいないな」と安心でき、気持ちの支えにもなっています。

――今回の作品は鳥取県倉吉市が舞台でしたが、撮影はいかがでしたか?

実は両親が高知の出身で、子どもの頃からお盆やお正月になるとよく連れて行かれていたので、倉吉の風景を見ていると、どこか懐かしい気持ちにもなりました。ただ景色を眺めているだけで落ち着くような感覚があって、とても心地よい撮影でした。

――特に印象に残っていることはありますか?

撮影は夏だったので、とにかく暑かったです。でも、景色がとても印象的でした。高い建物がほとんどないので、どこまでも広がる青い空に、山や川。自然が豊かで本当に気持ちがよいところでした。もちろん、そういう場所はほかにもあるのかもしれませんが、倉吉ならではの開放感があったように感じます。

漢江で語り、釜山で味わう。韓国だからできること

――10月17日にはいよいよ写真集が発売になります。

韓国は相変わらず懐かしい場所でした。でもプライベートではこの10年間で一度しか行ったことがなくて。仕事で行くことがほとんどです。

――今回の写真集のコンセプトは、「一緒に旅をしているような」とのことですが、もし大谷さんが友人や恋人を韓国でアテンドするとしたら、どこへ連れて行きたいですか?

まずは市内で一緒にご飯を食べて、お酒を飲んで、そのあと漢江(ハンガン)に行きたいですね。真冬を除けば、夜に訪れてもたくさんの人でにぎわっていて、危険な雰囲気もありません。川沿いにはチェアが置いてあるので、座ってお酒を飲んだり、ラーメンを食べたり、心地よい風に吹かれながら気兼ねない時間を過ごせたらいいな。恋人同士はもちろん、家族や親友と訪れるのもいいと思います。日本を離れて異国の地にいるからこそ、普段はなかなか話せないようなことも自然と話せる気がします。そこでどんな会話が生まれるのか…。きっとあの場所だからこそ生まれる特別な時間を過ごせるような気がします。改めて感謝の気持ちを伝えるのもいいですし、普段は話せないような深い話をするのにもぴったりな場所だと思います。

――ソウル以外でもおすすめの場所はありますか?

おすすめは釜山ですね。映画祭の仕事で何度も訪れました。ソウルからもそれほど遠くないので、まだ行ったことがない方にはぜひ足を運んでみてほしい場所です。釜山といえば、やはり海鮮が有名です。特に刺身はぜひ味わってほしいですね。もちろん刺身自体は日本でも食べられますが、釜山で食べるものはまた違った魅力があって、日本とは異なる楽しみ方ができると思います。

海水浴を楽しめるのも釜山の魅力です。海で泳いだあとに新鮮な刺身を味わいながら、ゆっくりと海辺の時間を過ごすのは最高です。

日本でも似たような過ごし方はできますが、街の空気感や人々の雰囲気、海辺の景色など、釜山ならではの魅力があります。どこか開放的で、肩の力を抜いて楽しめる街なので、旅先としておすすめです。

自分自身と向き合い、気持ちを整えることができる場所

――11月には映画『3ミリの恋』が公開されます。日韓合作映画ということですが、どんなご縁を感じていますか?

正直なところ、「日韓合作だから」と特別に意識して作品を選んでいるわけではないんです。ただ、振り返ってみると、韓国人の監督とご一緒したり、共演者に韓国の方がいたりと、自分ならではのご縁が自然と増えてきているような気はします。

今回の『3ミリの恋』も日韓合作作品ですが、劇中で韓国人のキャラクターと直接関わる場面はありませんでした。ただ、監督は在日韓国人3世とのことで、日本と韓国、それぞれの文化や人々の関係性をよく理解されていました。

僕自身もこれまで日本人と韓国人のカップルを数多く見てきたので、国を越えた人と人とのつながりやリアルな感情が自然な形で描かれている作品になっているなと感じました。

――大谷さんと韓国はご縁があるなと感じますが、改めて大谷さんにとって韓国はどんな場所ですか?

月並みな表現になってしまうんですが、韓国は僕にとって切っても切れない場所です。これから先もずっと関わり続けていくと思いますし、年齢を重ねてもきっと何度も訪れる場所だと思います。「第2のふるさと」という言葉は少しベタすぎてあまり使いたくないんですが、実際にはそれが一番しっくりくるかもしれません。本当にふるさとのような感覚があって、行くととても落ち着くんです。何かを消費しに行く場所というよりも、自分自身と向き合い、気持ちを整えることができる場所。だから、ふと帰りたくなる特別な場所ですね。

――先ほどプライベートで一度だけ行かれたことがあるとおっしゃっていましたが、その時はどんなことをしたのでしょうか?

完全プライベートで2泊3日だけ滞在したことがあります。最終日だけ友人と会いましたが、それ以外の日はあえて誰とも会わないようにして、ひたすら街を歩いていました。もちろん、人と会ってお酒を飲むのも楽しいですし、そういう時間は仕事を通じてこれまでたくさん経験してきました。でもその時は、一人で歩きながら街の変化を感じたり、昔の自分が思い描いていたことや、「いつか日本でもこんなことができたらいいな」と考えていた当時の夢を思い出したりしながら、ゆっくりとした時間を過ごしました。

特別な場所は高知県・四万十。自分の運転で故郷を感じに行きたい

――20代で韓国の芸能界に飛び込み、成功を収められました。異国の地で挑戦、活躍することは簡単なことではないと思いますが、当時を振り返ってみていかがでしょう?

20代の自分を振り返ると、不安や苦労もあったとは思いますが、それ以上に韓国での日常や仕事をしっかり楽しんでいたんじゃないかなと思います。もちろん仕事では言葉の壁があって、何もかも思い通りにできたわけではありません。悔しい思いをしたこともありますし、その瞬間だけを切り取れば悲観的になることもありました。それでも、たくさんの人たちに支えられた12年間でしたし、そのおかげで本当に充実した時間を過ごせたと思っています。大変だったことよりも、「楽しかった」という気持ちのほうが大きいですね。

――また韓国に住みたいという感覚もありますか?

韓国に行くと、「早く日本に帰りたい」という感覚はないです。むしろ、もう一度住んでみたいと思う気持ちのほうが大きいです。機会があれば旅行者として滞在するのではなく、また生活をしてみたいですね。暇だな…と感じるくらい、ゆっくりと韓国の日常の中に身を置いてみたい、そんな気持ちは今でもあります。

――今から挑戦しようとしている若者たちにアドバイスを送るとしたら、どんな言葉をかけますか?

挑戦してみないことにははじまらないので、まず言えることは「やってみたら!」ということです。あとで「あの時やっておけばよかった」と思うのはもったいないので、人に迷惑をかけたり人としての道を外れたりしない限りは、自分が本当にやりたいことをやってみるべきだと思います。言いたいことを言って、やりたいことを行動に移す。その積み重ねはきっと後悔を少なくしてくれるはずです。

もちろん、少し悩むことは大切です。でも、ある程度考えたら最後は行動に移したほうがいいです。特に海外での挑戦や経験は、本当に大きな財産になります。言語を学んだこと、その土地で暮らしたこと、人と出会ったこと。そのすべてが自分の中に残ります。将来的にお金になるかどうかはまた別の話ですが、挑戦したことは人生の中で確実に心に残る財産にはなると思います。

――逆に大谷さんがこれから挑戦してみたいことがあれば教えてください。

実はずっとやってみたいと思っていることがあって、それは両親の故郷、高知県の四万十まで車で行くことです。子どもの頃はいつも母が大阪の実家から運転していて、僕は助手席や後部座席に乗せてもらう側でした。だからいつか自分の運転で行ってみたいんですよね。ただ、今は東京に住んでいるので、距離を考えると躊躇してしまいます(笑)。

特に思い入れがあるのが、祖父母の家へ着く手前にある赤鉄橋(四万十川橋)です。四万十に向かうたび、その橋を渡ると「帰ってきたな」という気持ちになっていました。僕にとってはとても特別な場所なんです。だからいつか、自分でハンドルを握って愛車でその赤鉄橋を渡ってみたい。その瞬間はきっと感慨深いものになると思います。でも今は車を持っていないので、まずは車を買うところからですね(笑)。

Profile
大谷亮平
1980年、大阪府生まれ。日本でモデル活動を始めたが、2003年に韓国のCM「ダンキンドーナツ」の出演をきっかけに渡韓し、モデル・俳優として活動を開始する。代表作は、映画神『弓-KAMIYUMI-』、映画『バトル・オーシャン 海上決戦』。ドラマ『朝鮮ガンマン』では、『ソウルドラマアワード2014』グローバル俳優賞を受賞する。韓国で12年間もの間キャリアを積んだのちに、2016年4月より日本でも活動を開始。ドラマ『ラヴソング』、『逃げるは恥だが役に立つ』、連続テレビ小説『まんぷく』、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』、映画・ドラマ『ゴールデンカムイ』シリーズなど、話題作に多数出演している。日本デビュー10周年を記念して、2026年10月17日(土)に1st写真集「ROAD AHEAD」(ロードアヘッド)が発売される。10月9日(金)からは映画『遥かな町へ』、11月6日(金)には日韓合作映画『3ミリの恋』と出演作品が公開予定。

■1st写真集「ROAD AHEAD」
2026年10月17日(土) 発売
価格:4,500円(税込)
撮影:前 康輔
出版社:光文社
判型/A4判ソフト
内容/128ページ
▽アーティストオンラインショップ「アスマート(A!SMART)
https://www.asmart.jp/p_90056674
大谷亮平公式HP:https://www.amuse.co.jp/artist/A8797/
公式X:https://x.com/ryohei_otani/
公式Instagram:https://www.instagram.com/ryo.vbps/

撮影/須田卓馬
取材・文/安田ナナ
ヘアメイク/堤紗也香
スタイリスト/岡本純子

衣装クレジット:※確認中です

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