2026.06.03
棚田の宿で旅をほどく。「界 由布院」で過ごす、九州周遊旅の最終章
熊本を発ち、リムジンバスに揺られること約4時間。大分県の山あいに入るにつれて、車窓の景色は徐々に山深くなり、やがて由布岳の端正な稜線が遠くに姿を現します。九州横断道路を抜け、その山が視界に入りはじめた時、ついにこの旅の最終章が始まった実感が静かに湧いてきました。

今回の旅の締めくくりは、「界 由布院」。雲仙の硫黄と歴史、熊本の街の賑わいを経て、ようやくたどり着いた棚田の宿で、旅の余韻をゆっくりと味わいます。
棚田と朝霧と、豊後富士の麓に広がる温泉郷
Day3: 界 由布院

大分県のほぼ中央部に位置する由布院盆地に広がる由布院温泉郷。北東端にそびえるのが標高1,584mの由布岳。その端正な山容から「豊後富士」と称えられ、四季を問わず由布院の景色の主役であり続けています。

温泉の規模は圧倒的で、約900もの源泉数は全国第2位、毎分約38,600ℓにおよぶ湧出量は全国第3位を誇ります。これは大分県全体の数字ではなく、由布院温泉単体での記録だというから驚き。一般家庭にも温泉が引かれているほど湯量が豊富なこの土地で、「温泉に入らない日はない」という日常は、旅人の目には十分すぎるほどの非日常に映ります。
泉質の多くは単純温泉またはアルカリ性単純温泉。刺激が少なく肌あたりがやわらかで、疲労回復はもちろん、自律神経の安定や不眠の改善にも適応があるとされています。「湯治」という言葉がこれほど自然に似合う温泉地も、なかなかありません。


秋から初冬にかけては、由布院盆地に朝霧が立ち込める幻想的な景色が現れます。金鱗湖に漂う霧の帳を目にした旅人が、この地に魅せられてしまう理由が、その一枚の景色だけで理解できます。映画祭をはじめとする芸術文化も盛んで、個性的なギャラリーや美術館が点在するアートの街としての顔も持ちます。
15:00 チェックイン


界 由布院の敷地は、美しい棚田のランドスケープを生かして、それを囲むようにパブリック棟、浴室棟、客室棟が配置され、その周辺に木造の離れが点在するという、小さな集落に近い構造。設計は隈研吾氏。
耳を澄ませば、カエルや虫の音が部屋の中にまで届いてきます。少し早く到着したので田園ビューのラウンジや棚田テラスでひと休み。







全45室、6タイプすべてがご当地部屋「蛍かごの間」仕様。客室名の由来となる「蛍かご」は、麦わらなどの素材で作ったかごに蛍を飼い、簡易的な照明として使ったもの。螺旋状の美しい形が特徴で、国東半島で栽培される希少な素材「七島藺(しちとうい)」を使って手作りされています。日暮れとともに点灯すると、かごの内側でほのかな光が点滅し、まるで蛍が生きているかのような淡い輝きが部屋を包みます。


大分県はマダケの生産量が日本一。客室のヘッドボードやソファには竹材が使われており、天井から床まで、素材の一つひとつに大分の自然が息づいています。

露天風呂から棚田を眺める静けさは、熊本の街の賑わいとはまったく異なる時間の流れをもたらしてくれます。
17:00 温泉いろは


17時からは「温泉いろは」に参加しました。界ブランドの全施設で提供されているプログラムで、宿ごとにその土地の温泉の個性が異なるため、訪れるたびに新鮮な発見があります。
界 由布院では、湯守りが由布院温泉の歴史と泉質、効果的な入浴法を丁寧に解説してくれます。単純温泉の「刺激が少ない」という特性が、実は長期滞在や湯治に最適な性質であること、メタケイ酸を豊富に含む「美肌の湯」としての効能、そして由布岳という火山が生み出す湯の成り立ちなど、知れば知るほど湯への向き合い方が変わっていきます。


大浴場には、由布岳を正面に仰ぐ開放的な露天風呂があります。2種類の異なる源泉からかけ流しで注がれる湯は、晴れた日には由布岳の稜線を借景に、霧が出た朝には幻想的な白の世界を作り出します。温泉いろはで得た知識を携えた湯浴みは格別です。
18:00 夕食「山のももんじ鍋会席」


「ももんじ」とは、江戸時代に獣肉(主にイノシシや鹿)を指した言葉。仏教の影響で表向き肉食が禁じられていた時代にも、山里では「薬食い」として獣肉が食されており、滋養強壮の食材として密かに重宝されていました。その文化的な背景を現代の会席に昇華させたのが、界 由布院のこの一品。



先付けは「猪肉と椎茸の最中パテ」。もんじ鍋のメイン食材である猪を、最中の皮に挟んだパテとして提供するという、遊び心ある出だしです。続く煮物椀は「桜餅の海老射込み」。季節を封じ込めたような一椀が、静かに場の空気を整えます。



「宝楽盛り 八寸」には、人参の松風、北寄貝の酢味噌かけ、利休南瓜、菜の花の胡麻和え、五色饅頭、合鴨ロースの玉葱山椒味噌と、山と海の食材が一皿の上で季節ごとに居場所を見つけています。酢の物は「河豚皮と鶏皮のポン酢ジュレ」。大分らしい食材の組み合わせに、柑橘の爽やかさが加わります。揚げ物は海老あられ揚げ、磯辺真丈信田揚げ、野菜天麩羅塩レモン仕立ての三種。


台の物にはメインの「山のももんじ鍋」です。猪肉のコクと旨みが出汁に溶け出した鍋は、山里の食文化が持つ力強さをそのまま体現しています。〆は蕎麦。

甘味は「界 由布院特製やっこめのミルク煮 麦茶のゼリー」。「やっこめ」とは大分の方言で押し麦のこと。素朴な地元食材をミルク煮という洗練された形に仕立て、麦茶のゼリーと合わせた一品はこの宿らしい締めくくり。
大分の山の幸を中心に、旬の食材が丁寧に仕立てられる会席は、海の幸が主役だった雲仙の夕食とは対照的な構成でした。


湯上がりに棚田を歩く夜道に突然現れた野生の鹿の群れ、ふと見上げれば満天の星空。非日常を感じる、こういう瞬間こそが旅の醍醐味だと感じました。
8:00 ご当地朝食


地域色を感じる食材や調理法を取り入れた界の「ご当地朝食」。中心に据えられているのが、大分の郷土料理「だんご汁」。幅広のすいとんのような小麦粉の団子を、ごぼうや里芋、こんにゃく、季節の野菜とともに煮込んだ一椀は、素朴な見た目の中に深いコクとやさしい甘みが宿っています。
だんご汁を囲むように、豆腐、本日の焼き魚、玉子焼き、鶏つくねと厚揚げ豆腐、ひじきの煮物、椎茸真丈、彩りなます、牛しぐれ、利休牛蒡、昆布梅、椎茸の陶板焼き、白飯、香の物、ヨーグルトが揃います。品数の多さに目を見張りますが、一品一品は主張を抑えたやさしい味わいで、朝の食卓らしい穏やかさがあります。


「椎茸の陶板焼き」は大分を代表する特産品の一つで、火にかけながらいただくライブ感が朝食に小さな楽しみを添えてくれます。「牛しぐれ」は白飯との相性抜群で思わずおかわりしたくなる一品。連泊のゲストを考慮して洋朝食も選べます。
棚田テラスや窓越しの朝の由布岳を眺めながらいただく食卓は、旅の最終日にふさわしい、静かで豊かな朝でした。
10:30 ご当地楽「原風景を感じるわら綯い体験」


「わら綯い(わらない)」とは、稲のわらをより合わせてひもや縄を作る、農村の冬の手仕事です。かつて農閑期の風物詩として各地の農家で行われていたこの技術は、機械化とともに日常からは失われていきましたが、由布院の棚田に囲まれた界 由布院では今もご当地楽として丁寧に伝えています。
体験ではわら綯いでお守りを作ります。わらを両手のひらで転がして細くより合わせていく動作は、一見単純ですが、力の入れ方や向きを少し誤るだけでうまくいきません。最初はぎこちなかった手つきが徐々に形になっていく過程に、じんわりとした達成感があります。


完成したお守りは持ち帰ることができます。活版印刷のカードと同様、「自分の手で作ったもの」という記憶は、買い求めた土産とはまったく異なる種類の重みを持ちます。手仕事の時間は、旅がただ「消費」ではなく「体験」であることを静かに思い出させてくれます。
12:00 チェックアウト—3泊4日の旅の終わりに






チェックアウト後は、大分空港や福岡空港へ向かうなど、その先の旅程に合わせて計画するのが良いでしょう。3泊4日、レンタカーを一切使わず、フェリー・バス・電車・飛行機を乗り継いだ九州周遊の旅が、ここで幕を閉じます。
雲仙では温泉と長崎の和華蘭文化、熊本ではOMOが仕掛ける城下町の賑わい、由布院では棚田と手仕事と湯治の静けさ。それぞれの宿が、まるで異なるテーマで旅人を迎えてくれました。
九州には300近くの港があり、陸路では見えなかったショートカットが海路にはある、と気づいたのはこの旅の大きな発見です。乗り継ぎの不便さを逆手に取れば、移動そのものが旅の一場面になる。レンタカーに頼らない旅のほうが、かえって景色と土地に向き合える時間が増えるのかもしれません。
◼︎界 由布院
住所:大分県由布市湯布院町川上1243-1
公式サイト:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaiyufuin/
アクセス:由布院駅から車で約15分 / 湯布院ICから車で約15分 / 大分空港から車で約60分
ご当地楽:原風景を感じるわら綯い体験
アクティビティ:現代湯治体操、温泉いろは
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17歳から読者モデルとして「Vivi」「JJ」「non-no」など多数女性誌に出演。6年にわたってMBSラジオパーソナリティを務める。大学卒業後、化粧品会社勤務を経て、フリーランスに転身し、ヨガインストラクターを務める傍ら、トラベルライターとして世界中を飛び回る。過去渡航した国は47カ国。特にタイに精通し、渡航回数は30回以上。ハワイ留学、LA在住経験有り。現在は拠点を湘南に移し、全国各地を巡りながら、東京と行き来してデュアルライフを送る。JSAワインエキスパート呼称資格取得。
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