【俳優・前田敦子】ストイックに向き合っている人は、美しい
今や、話題作と切っても切り離せない存在の俳優・前田敦子さん。
多彩な役柄で俳優としての顔を評価され続けている前田さんが、今回挑むのは映画『一月の声に歓びを刻め』です。
本作は、三島有紀子監督自身が、47年間向き合い続けてきた過去の出来事をモチーフに撮りあげられた自主制作映画。北海道・洞爺湖の中島、伊豆諸島の八丈島、大阪・堂島の3つの「島」を舞台に、それぞれ心に傷を抱える3人の物語が交錯するといった内容です。
その中で、前田さんは過去のトラウマから誰とも触れ合うことができない、れいこを熱演。本作を通して前田さんは“背負う”ことをどう考えたのか。また、前田さんが考える“美しい”とはなんなのか、お話を聞きました。
人には言えないけど抱える感情を細部まで
――今回の映画に出演するにあたり「監督とご一緒できたことが嬉しい」とコメントされていましたね。三島監督との撮影は、いかがでしたか?
監督とは、もう何年も実現していない映画が、実はあるんです。それはいつか形になったらいいなと思いつつ、今回の作品では三島さんを知れて、三島さんと向き合えて、1つの作品を作ることができたなと思っています。
――映画を観て、どういう感想を持つのが正しいのか、非常に難しい映画だなと感じました。前田さん自身は、どのように観てもらいたいと考えていますか?
映画は三章で構成されていて、その中に自分以外の“れいこ”も出てくるのですが、どのれいこも「こうです!」とはっきり言える人物像ではないんですよね。なんというか自分の中に、ふと現れる感情、トラウマとか、寂しさとか悲しさ、怒り……そういう人には言えない誰しもが抱えている感情に近い人がれいこだなと思いました。
例えば、私が演じたれいこは、街中を見渡せば、大勢の中の1人に過ぎないんです。たまたまフォーカスが当たっているだけで、普通に生活している人。その日常の中の1つの出来事として、映画の中で描かれたような経験をしたっていう“それだけの話”であるという感覚で向き合いたいなと思い、撮影しました。誰でも傷つけられて、何かを背負っている経験ってあると思うんです。だからこそ、皆さんが自分の中に重なる部分を見つけてもらえると思うので、「この世で一番かわいそうな私」とは見えてほしくないなと思っています。
――れいこがたまたま出会ったレンタル彼氏をしている男、トト・モレッティ(演:坂東龍汰)の前では、いろんな感情を露わにするシーンが印象的でした。
きっと普段のれいこは、感情を出す人ではないと思うんです。普通に営業職の会社員として、淡々と生きている。でも、大切だった彼のお葬式に行った日に出会った、自分のことを全然知らない人だったから、なんでもしゃべれたんじゃないかなと思いました。もう会うことはない相手だからこそ、自分をさらけ出せるのってすごくわかるなって。
――そんな立ち位置だった坂東さんは、どんな印象でしたか?
坂東くんは、みんなの印象に残る子だなと思います。みんなで「バンちゃん」って呼んでいたんですけど、今やっている別の現場ではみんなバンちゃんと共演歴があることもあって、絶対に話題に上がるんですよね。彼の、飛び込んで距離を詰めてくる人懐っこさとか、好奇心旺盛さもあって「おもしろい子だよね」ってみんなが言っているのが印象的でした。その好奇心がお芝居に向いている子でもあるので、これからもっといろんなことを吸収していく子になるだろうなと他の出演者の方がおっしゃっていましたし、わかるなと思いました。
今までの経験から、ナーバスな自分を回避できるようになった
――先ほど、みんな何かしらを背負っているとお話ししていましたが、前田さん自身、AKB48という巨大グループのセンターや、俳優という肩書き、母親という役割など、背負うものがたくさんあるのではないかと感じます。背負うことに疲れるような経験はありますか?
全然ありますよ。ふとやってきますね、そういう瞬間は。でも「まあ、こういうときあるよね」くらいの感じで消化できます。あまりナーバスになったりするタイプではないんです。
でも、嫌なことがあったときを経験してきたぶん、そんな自分を回避できるようなったかなとは思いますね。若いときに、もう立ち直れないかもと思うくらい落ち込んだこともあるからこそ、自分との向き合い方がなんとなくわかったかなって。
――前田さん自身はナーバスになるタイプではないとのことですが、ご友人が同じような状況に置かれていたら、どのように接しますか。
助言はせず、ただひたすら話を聞きます。意外と話すだけで気が変わるじゃないですか。私自身、人に会うだけで抜け出せることってありますし。だから「聞く」に徹するのがいいんじゃないかなって思うんです。気にしなくていいことで落ち込んでいたら「なんでそんなこと気にしてんの」「全然大丈夫だから」とは言いますけどね。
美しい人とは「自分のことを諦めていない人」
――前田さんにとって「美しい人」って、どんな人でしょうか?
美しい……いろいろあると思うんですけど、私は自分のことを諦めていない人に出会うと素敵だなと思います。「自分に可能性があるんだ」って信じて、自分磨きしている人、勉強している人、何か行動を起こしている人を見ていると励みになるんです。側から見たら完璧なのに、まだまだ自分に対して欲を持っていて「ここがダメなんだ」ってストイックに向き合っている人を見ると美しく見えますね。
――前田さん自身も、常に自分の可能性は信じている?
そうですね。私は欲が止まらないタイプではあると思うので、できることを探し続けたいなと思っています。
――今、欲が深いことは特に何でしょう?
仕事に対しては、いろんなことに挑戦していますね。客観的に見て「自分はこういう人」っていうのはあまり決めつけないようにしています。決めつけないようにすると、自分がしてみたいなっていうことを見つけられる気がするんですよね。「私はこうなんだ」って、型にハマろうとすることは止めたほうがいいなって思います。
――ここ数年の前田さんのお芝居を見て「前田さんといえばこういう役だよね」というのではなく、多彩な役を演じていらっしゃるなと感じていた理由がなんとなくわかった気がします。
嬉しいです。私の仕事は、どちらかというと「ハメてもらってナンボ」だと思っているので、そういう意味では、ずっと新しい可能性を作っていきたいんですよね。
ただ、そう思う一方で「自分はこうなんだ」って決めつけちゃう瞬間ってあると思います。そういう時は苦しいですよね。だからこそ、自分と向き合いすぎるのは良くないし、自分で自分のことをあまり理解しすぎないようにしています。
――理解しすぎない、というのはなぜなのでしょう?
長年同じ職業をしていると、自分に対して飽きてきちゃったり、可能性を感じられなくなっちゃったり、限界を感じる瞬間ってあるんですよね。私自身、そんなときに、ある俳優さん仲間から「でも今まで自分がやってきたものには、まっすぐ向き合ってきたんだから、自分の中で不安があったとしても、積み重ねてきたものは絶対にある」と言ってくれました。
来年でデビュー20年なんですけど、たぶんデビュー当時に「これやってください」と言われてやったことと同じことを今「やってください」と言われたら、完成するものって絶対に違うものだと思うんです。「今までの積み重ねは必ずあるから」と言われた時に、無理に自分に自信を持つ必要なんて一生ないし、何も思わないで淡々と今あるものにまっすぐ向き合うのもいいなと感じました。
そういう意味ではプロ意識みたいなのも年々やっぱり上がってはきていると思うので、しっかりとその瞬間に向き合うこと、余計なことを考えずに、真っさらにして向き合うようにしているんです。
――お話を聞いていて、どのお仕事においても言えることだなと感じました。
やっぱり自分の中で、壁にぶつかるのが一番苦しいですよね。「これ以上できることってないんじゃないかな」と思ってしまったら、思い切ってそういうことを考えるのを止めて目の前にあることだけに向き合ってみる勇気って必要だと思います。
撮影/Marco Perboni
取材・文/於ありさ
Profile
前田敦子
千葉県出身。2005年、AKB48のメンバーとしてデビューし、2012年までグループで活動。2007年に映画『あしたの私のつくり方』で俳優業をスタートする。近作は『コンビニエンス・ストーリー』『もっと超越した所へ。』『そして僕は途方に暮れる』『あつい胸騒ぎ』「育休刑事」「かしましめし」「彼女たちの犯罪」など。映画やドラマで数々の作品に出演。現在放送中のドラマ「厨房のありす」にも三ツ沢和紗役で出演中。
■作品情報
映画『一月の声に歓びを刻め』
劇場公開日:2024年2月9日(金)
出演:前田敦子 カルーセル麻紀 哀川翔 坂東龍汰 ほか
脚本・監督:三島有紀子
配給:東京テアトル
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