<清原織物>「爪」で織り上げる伝統織物 #巡る滋賀

<清原織物>「爪」で織り上げる伝統織物 #巡る滋賀

滋賀県の最大の魅力といえば、滋賀県の代名詞でもある日本最大の湖・琵琶湖。その他、国宝の「彦根城」やユネスコ世界文化遺産の「比叡山延暦寺」など一度は訪れたい観光スポットもまた有名です。

でも、それだけではありません。有名観光スポット以外に焦点を当て深掘りすると、まだまだ知られていない注目ポイントがたくさん! それを知らないなんてもったいない…!

この連載では、「現地の方がおすすめしたいスポットやお店、それをつくるヒトの魅力をていねいに取材し、お届けする滋賀の観光ガイド“巡る滋賀”」の情報を発信していきます。

滋賀県への旅のきっかけやガイドブックとなりますように…そんな思いを込めて滋賀県の新たな魅力をお伝えします。

琵琶湖のほとり、滋賀県守山市に工房を構える「清原織物」。約150年にわたり受け継がれてきた伝統織物「綴れ織り(つづれおり)」の技術と美意識を礎に、現代の暮らしに根差したプロダクトやアート作品の制作に取り組んでいます。代表取締役・清原聖司さんへのインタビューからは、古の織りの世界に息づく美しさと、変わりゆく時代への挑戦が交差する、静かな熱意が伝わってきました。

住宅街の中にふと現れる工房&ショップ。入り口の土間を抜けた奥には、静かに機を動かす職人たちの姿があります。糸の擦れる音が響く工房では、150年にわたり受け継がれてきた技術と精神が、今日も一枚の織物として形を成していきます。

およそ四千年の歴史を誇る「綴れ織り」を継承する滋賀県唯一のメーカー。清原織物の歴史は、明治6年に「清原商店」として京都で創業したことに始まります。祖先には、天武天皇の孫・清原夏野が連なるとされる名門・清原家。「先祖のスーパースターは、清少納言なんです」と笑う清原聖司さんの一言に、そのルーツの深さが垣間見えます。室町時代末期にはすでに織物業に携わっていたという伝承も残っており、まさに歴史を織り込むようにして受け継がれてきた家系といえるでしょう。

大正時代には、京都から現在の滋賀県守山市に拠点を移し、以来100年以上にわたりこの地で事業を継続してきました。その織りの技は、皇室への献上品としても用いられ、昭和天皇や上皇后美智子さまへ納めた作品もあるといいます。

「綴れ織りは、もともと仏教とともに奈良・飛鳥時代に中国から伝わってきたとされていて、起源は古代エジプトのコプト織にまで遡るそうです。日本では京都の仁和寺の僧侶が最初に織ったと言われていて、まさに美術工芸の最高峰とも呼ばれる技術なんです」と清原さんは語ります。

細い絹糸を10本束ねて1本の糸を作り、さらにその中に最大10色を混ぜることで、自然なグラデーションを表現できるのが特徴。色を「塗る」のではなく、「混ぜる」ことで描くというこの手法は、絵画にも似た深みと奥行きを生み出します。完成した布地の表面には、まるで畝のような立体感ある横線が現れ、他の織物とは一線を画す風合いを持ちます。

「綴れ織りって、縦糸が表に出ない構造だから摩擦に強いんです。引っ張り強度は本革の5倍という試験結果もあるくらい。実際、祇園祭の山鉾で使われている200年前の幕も、いまだに布の形を保っているんですよ」と清原さん。意匠と実用、どちらにも秀でた技術なのです。

作業は大きく2工程に分かれます。まず、色の糸をどう組み合わせるかの設計図を作成すること。そして、その設計図に基づいて織り上げていくことです。織り機では布が奥側に織り込まれていくため、全体像を常にイメージしながら進める必要があります。設計図通りに織っていくだけでなく、織りながら随時修正を加えることもあるのだそうで、職人にアーティスト的な感性も求められます。

さらに、「綴れ織りは機械での測定ができないんです。静電気が多かったり湿気が高かったりすると、糸が伸びてしまう。張力の調整も全部職人の感覚。メモリもなければ数字もない、ほぼ“感覚値”の世界なんですよ」と清原さん。「体のバイオリズムがそのまま織りに出る。悪くなるというより、良くなるんです。反復運動だからリラックスしているときの方がスピードも質も合ってくる」とも。糸を出す強さや入れる角度に至るまで、すべての工程で自分の身体感覚を研ぎ澄ませながら調整していくという、まさに極致の手業です。」

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