パリ、香水のアート展へ。香りを見て、感じる「Francis Kurkdjian」30周年の回顧展
LIFESTYLE

2025.12.15

パリ、香水のアート展へ。香りを見て、感じる「Francis Kurkdjian」30周年の回顧展

フランス・パリ発のフレグランスブランド「Francis Kurkdjian(フランシス・クルジャン)」。日本でも発売されているこの香水メゾンを知る方は多いと思います。

Francis Kurkdjianとは、調香師ご本人の名前を冠したブランド。私が暮らすパリでは、今もっとも有名で、もっとも勢いのある調香師と言えるかもしれません。2025年10月29日~11月23日までは、そんな彼の30年にわたる創作人生をたどる展覧会「Parfum, Sculpture de l’invisible(香水、見えないものの彫刻)」が、パリの現代アート美術館「パレ・ド・トーキョー」で開催されていました。

今回は、実際に訪れた様子を詳しくレポート。香りを「嗅ぐ」だけでなく、持ち帰り、眺め、さらには飲みものとして味わうことまでできる、本当に素敵な展覧会でした。

アーティストとしてのFrancis Kurkdjian

フランス人調香師、Francis Kurkdjian

そもそも、Francis Kurkdjianってどんな人なのでしょう? 彼は、自身の名を冠したメゾン以外にも、実は数多くの名作フレグランスを世に送り出してきた調香師です。たとえば、ジャン=ポール・ゴルチエの「ル・マル」や、ナルシソ・ロドリゲスの「フォー・ハー」。そして2021年からは、Diorのパフューム部門におけるクリエイション・ディレクターも務めています。その活躍ぶりはまさに、現代のスター調香師!

ナルシソ・ロドリゲスの「フォー・ハー」

そんなFrancis Kurkdjianは、幼い頃は調香師ではなくバレエダンサーを目指していたのだそう。また、クラシック音楽やファッションの世界にも精通していて、生まれながらにして芸術肌であったことがうかがえます。

世界的ヒット作であるジャン=ポール・ゴルチエの香水「ル・マル」を発表した時、彼はまだ25歳でした。それから30年、Francis Kurkdjianは、美術家、音楽家、演出家、デザイナー、三ツ星シェフといったあらゆるフィールドのクリエイターたちとコラボレーションを重ねながら、香りの可能性を広げ続けてきました。

パリの展覧会「Parfum, Sculpture de l’invisible」では、香りという目に見えない存在を、こうしたさまざまなアートの切り口から描き出しています。

入場無料!「香り=アート」を楽しむパリジャンたち

パリの現代アート美術館「パレ・ド・トーキョー」

展覧会の舞台となったのは、パリ中心部にある現代アート美術館「パレ・ド・トーキョー」。夜22時まで開館している(パリでは珍しい!)アートスポットで、感度の高いパリっ子たちが集まる、いつ訪れても活気にあふれた場所です。

嬉しいことに、今回の展覧会「Parfum, Sculpture de l’invisible」は入場料が無料でした。そのおかげか、会場は地元パリジャン・パリジェンヌたちで大混雑! Francis Kurkdjianがいかに人気であるか、ここでも分かったような気がします。

バラが香るオブジェのインスタレーション

そして展示室に足を踏み入れると、どこからともなく良い香りが…。その正体は、展示室に置かれた白いバラのオブジェでした。こちらは、とある有名な陶器でつくられているのだそうです。フランスで名高い「セーヴル焼き」という陶器で、バラの香りを特別な製法で染み込ませているとのこと。

バラの香りは世界に数多く存在しますが、こうして目に見えるかたちで現れるとたしかに嬉しくなりますね。美しいオブジェから、さらに美しい香りが漂ってきて、何だか愛おしく感じてしまいました。

五感をフルに活動。香りを見て、飲む?!

さらに進むと、ヴェルサイユ宮殿にまつわる香りのアイテムの展示が目に入ってきました。というのは、Francis Kurkdjianがヴェルサイユ宮殿と深い縁を持つ調香師であるためです。彼はヴェルサイユ市にある調香学校を卒業していて、現在の宮殿に隣接する庭園「調香師の庭」も手掛けているのです。

ヴェルサイユ宮殿といえば、かつて貴族たちが香水をたっぷりと使い込んでいたことでも有名ですね。展覧会では、そんな時代を感じさせる香りの革手袋も展示されていました。手袋は18世紀の伝統技法に基づき、Francis Kurkdjian自身が再現したものです。

18世紀の技法を再現して製作された香り付き手袋。シナモンやバニラ、バラの精油が用いられています

そして次に驚いたのが、なんと「飲むフレグランス」があったこと! これは、香り付きの水というユニークな作品で、「L’Or Bleu(青い黄金)」と名づけられています。Francis Kurkdjianが現代アーティストのヤン・トマと共に制作したもので、水という貴重な資源を守るべき存在として示すメタファーでもあるのだとか。

香り付きの水。来場者は全員いただくことができました

「L’Or Bleu」は、アートと香りが融合した実験的なプロジェクトで、2012年の世界水フォーラムでも紹介されたそうです。私も実際にいただきましたが、ローズウォーターにミントをひとしずく加えたような、スッキリとした味わいが強く印象に残りました。一家に一台、一オフィスに一台あってもいいと思えるほどの完成度です。周囲のフランス人たちも、「ça sent bon(いい香り)」とみな囁いていましたよ!

香りはここまでアートになる

エッジの効いた金属的な香り『L’odeur de l’argent』

ユニークなインスタレーションはまだまだ続きます。中でも強烈だったのが、Francis Kurkdjianが1999年に調香した「L’odeur de l’argent(お金の匂い)」。こちらは飲むフレグランスに次ぐ強インパクトでした。

「L’odeur de l’argent」は、美術家ソフィ・カルとのコラボレーション作品で、お金を「魅惑的でありながら嫌悪感も引き起こす香り」として表現しています。その香りはたしかに魅力的ではあるのですが、同時に背中がゾクッとするような金属臭が脳裏をかすめました。「嫌悪感」という言葉は、まさに言い得て妙だと感じます。

展示の最後を飾るブース「L’alchimie des sens(香りの錬金術)」

「バカラ」250周年を記念して作られた香りにインスパイアされた、チョコレートのサービスも!

Francis Kurkdjianの展覧会では、こうして目に見える世界と、目に見えない世界の狭間に立つ作品が多く並んでいます。それは嗅覚だけでなく、視覚や感情にも働きかける真の体験型エクスポジション。会場に訪れた人々のほとんどが、「香りってここまでアートになるんだ」と感じたのではないでしょうか。

もう一つ、個人的にすごく素敵だと思ったのが、展示スペースに置かれていた各香りのムエット(試香紙)を、コレクションして持ち帰れたことです。

Francis Kurkdjianが手がけた香水のムエット

来場者は小冊子を手に、会場内に点在する「調香師のムエット」を集めながら歩き、自分だけの香りのコレクションを完成させていく仕掛けになっていました。

用意されていたムエットは全部で12種類。どれもインスタレーションにちなんだ香りで、持ち帰って改めて香りを嗅ぐことで、会場の雰囲気やインスタレーションの記憶がくっきりとよみがえりました。「匂いで記憶がよみがえる」とはまさにこのことですね。

香りに包まれて、心までリセット

今回の展覧会では美しい香りに包まれて、鼻通りも心も、スッと浄化されたような気がしました。入場無料というのも、何とも嬉しいポイントです。また会場では、パリジェンヌたちが「この香りは好き」「これは好みじゃない」などとその場でハッキリ意見を述べていて、いかにもフランスらしい光景だなと思いながら楽しむことができました。

ちなみにパリでは、このような「香りの展覧会」が、小規模ながら定期的に開催されることがあります。昨今の円安事情で遠く感じてしまうフランスですが、お気に入りの香水メゾンの公式サイトなどをこまめにチェックしてみてくださいね。

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