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2025.05.16

香りの物語と忘れられない記憶、わたしらしさ
by Kana Sato vol.14

ブランディングディレクター、コンサルタントとして活躍する佐藤香菜さん。世界各国を旅して見つけた“本当にいいモノ”を見極める審美眼を持ち、SNSで発信する丁寧な暮らしが同世代から熱い支持を集めています。
そんな佐藤さんが、普段愛用しているコスメやいま気になっているモノ、旅先でのエピソードなど、美容からライフスタイルまで赤裸々に語ってくれる本連載。

第十四回は、「香りの物語と忘れられない記憶、わたしらしさ」についてお話いただきました。

14回目のコラムは、生活に欠かせない香りについて。

香水や化粧品、洗剤、食べ物、自然のある場所…わたしたちの生活には様々な香りが存在しています。そんな香りにまつわるエピソードは誰もが持っているはず。わたしもその一人です。

物心ついた頃から香りに対する興味があり、母と百貨店に買い物に行ったときにはフレグランスのテスターを嗅ぎまくり「これは好き、嫌い」と鼻をきかせていました。そんなわたしが人生初めて手に入れたフレグランスは、ジバンシイのプチサンボン。パリの子供服ブランド「タルティーヌ エ ショコラ」が子供に使える香水をと、ジバンシイに依頼して完成したフレグランスです。香りに興味を持っていた小学校高学年のわたしに母が買ってくれた時、なんだか大人の仲間入りをしたようで毎日眺めてはとっても嬉しかったのを覚えています。もちろん学校にはつけていかず、お出かけの日のための特別なものでした。

いま化粧品に関わる仕事をしていることも、この時の経験が深く影響していると思えるほど人生におけるターニングポイントだったのかもしれません。香りとはそれぞれの思い出であり記憶。嗅覚によって思いを馳せるのは未来ではなく過去であることを実感しています。

この、香りによって過去を思い出すことをプルースト効果と言いますが、これはフランスの作家マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」という、紅茶に浸したマドレーヌの匂いの話から始まる小説が元になっています。

現在39歳のわたしが中学生だった2000年、世の中はミレニアムと呼ばれていました。安室奈美恵、浜崎あゆみ、小柳ゆき、宇多田ヒカル、倖田來未、倉木麻衣…と、J-POP市場には多くの歌姫が君臨し、ルーズソックス全盛期は終わりに向かいつつもギャルのスタイルが残っている、華やかな時代でした。好きな人ができたり、少しの反抗期があったり、ちょっとした悩みも出てきたり、この頃に感じる気持ちや見える景色はちょっと独特なもの。

この時期の思い出は香りとともに蘇ります。体育の授業のあと、教室が真っ白になるくらい全員が使っていた制汗剤! 今思えばあれを吸い込むことは身体には良くないのですが、「絶対に汗臭いのはいやだ!!」という、美意識の始まりだったのかも。ちなみにわたしはBanのミントの香りを愛用していた気がします。そしてシャンプー&コンディショナーの分野では、香りがしっかり残るブランドの全盛期でもありました。ティセラやマシェリ、ハーバルエッセンス…この名前を聞いてピンとくる方はきっと同世代!

香水をつけ始める人が増えたのもこの頃。自己表現、演出のための香りの使い方。他者を意識し始めた10代の成長過程においてけっこう大事なことだったのかも? と思えます。

学校にある様々な香り。プールの授業のあとはクセのある塩素の匂いが髪と肌に残り、開けっ放しの窓から吹く風に乗ってふわっと香ること。ワックスがけをしたあと特有の油っぽい床の木の匂い。お昼が近づくと下から上がってくる美味しそうな給食の匂い…その景色を思い出すと、体育館でシューズが擦れる音や吹奏楽部の練習の音まで聞こえてきそうで、嗅覚と聴覚がセットで懐かしい映像が見えるはず!

「良い香り」と感じる、その好みは年齢とともに変化します。フルーツを感じるようなジューシーな香りを好んでいた(そしてそれが似合う)10代。ちょっと背伸びしたい20代はハイブランドから発売されている香水を選んだりも。そして自分が確立され始める30代以降は流行っている香りよりも、いかに人と被らないか・自分らしさがあるかを意識し始める気がしています。

香りの纏い方も変化し、たっぷり手首につけるよりお腹周りや足首などに少量をつけて、優しく自然に香るように調整するといった気遣いをするように。

「どう思われるか」から「自分が心地よいか」の自分軸で、香水を選ぶときもあまり悩まず直感で購入を決めることも増えてきたかもしれません。

ここで、わたしが最も好きな香水をご紹介!

この【curionoir(キュリオノワール)】に出会って、いまではほぼ全種類を持っているほど惚れ込んでいます。フランスのグラースで調香を学んだファウンダーのティファニー・ウテヒラはニュージーランド先住民マオリの血をひく女性。このブランドの日本上陸に際して少しお手伝いをしたことがあるのですが、初めて嗅いだときの衝撃はいまでも忘れられません。

特に好きな1本は、DIAPHANOUS(ダイアファナス)。キュリオノワールの香水はエキストレドパルファムという高濃度の製法で、指先で1~2滴を肌に押し当てるようになじませます。スプレーではないこの所作も好きなポイント。ジャスミンやナルシスアブソリュート(水仙)の華やかさもありながら、ペッパーやアンバーで深みも。このバランスがいまの自分の理想的なバランスで、どこにでも携帯中。

もう1本のお気に入りは【Astier de Villatte(アスティエ)】のAmbre Liquide(アンブルリキッド)。

中世ヨーロッパでお守りのように使われていたポマンダーからインスパイアされた香り。ポマンダーとはムスクや樹脂を丸めたものや柑橘系のフルーツに、クローブなどのスパイスを刺して乾燥させたもので、魔除けや浄化の効果も期待されていたそう。

これはハンガリーのブタペストのクリスマスマーケットで撮影したものですが、いまでもこのようにオレンジやライムに、クローブやシナモンを合わせて乾燥させた飾りを買うことができます。この飾りの原型がポマンダー。

アンブルリキッドの香りは樹脂の深みあるベースにローズやスパイスが効いていて、幻想的なところがお気に入り。好みは分かれるかもしれませんが、ヨーロッパの歴史が好きな人ならきっと心惹かれる重厚感があります。

以前、別のコラムにも書いたことがあるのですが、人はまったく香りのしない場所に長期間いると精神のバランスを保てなくなるのだそうです。例えばエベレストに登る登山家はアロマオイルを持参するのですが、標高が高く植物も動物も自生しない環境は無臭。すると人は不安が大きくなり心を保つのが難しくなるのだとか。そんなときにアロマオイルの蓋を開けて嗅ぐことで心は落ち着き、安心感を得るそうです。

香りや匂いは生命力そのもの。植物や動物など命あるものからしか得られない必要不可欠なもの。だからこそ、自分が自分らしくいられる大好きな香りを見つけて身につけることで、すべてを抱きしめるような安心感を大切にしていきたいと思うのでした。


Branding Director 佐藤香菜


株式会社マッシュビューティーラボにて、オーガニックのコスメとインナーケア製品のセレクトショップ「Biople by CosmeKitchen」の立ち上げとディレクションを行ったのち、独立。ブランディングディレクター・コンサルタントとして多数の企業の製品企画立案、製品プロデュースから販路拡大に携わる。オーガニックコスメを巡る旅の様子はNHK「世界はほしいモノにあふれてる」への2度の出演や、Instagramアカウント @kana__sato622 で発信している。


>>vol.11 情報との付き合い方と本当のフェミニズムを考る
>>Vol.12 初めての韓国・ソウル 2泊3日の旅
>>Vol.13 仕事におけるキャリアの作り方



過去の記事はこちらから
A Journey to find my selfーわたしを見つける旅ー

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