2024.10.09
北海道が誇る紅葉の名所で出会った注目度No.1のお土産とは?
元TBSアナウンサーで、現在は故郷・札幌を拠点にフリーアナウンサーや文筆家としてご活躍のアンヌ遙香さんによる連載「now HOKKAIDO by Anne Haruka」。
今回は「定山渓温泉での運命の出会い」について。熱量溢れるアンヌさんの文章をお届けします。
第三回のテーマは…「定山渓で出会ったかわいいもの」
本格的に秋も深まり、紅葉狩りに繰り出したくなる今日この頃。北海道札幌市ならやはり定山渓温泉がオススメです。
中心部から車で1時間弱とアクセスの良いところにあり、かつては修学旅行や社員旅行の定番スポット、かつ親戚ぐるみの家族旅行などにも多く利用されていた、歴史ある札幌の奥座敷です。
近年のサウナブームにより立派なサウナ施設を増設したホテルもあれば、豊かな自然を利用したラフティングやサップ体験なども人気とのこと。昔ながらのなごやかな温泉街の雰囲気を残しながらも、いつまでもアップデートをし続ける魅力がここにはあると感じさせます。
定山渓のシンボルは真っ赤な吊り橋。ここからの渓谷やホテル街の景色は壮観です。川のせせらぎを耳にし、風にそよぐ葉音に身を任せ深呼吸したくなる爽快さ。
源泉を手軽に楽しめる無料の手湯や足湯も点在しているので、たとえ日帰りや軽い散策のつもりであっても、タオルを持参されることをお忘れなく!!
足湯は想定以上のしっかりとした熱さ。ほんの数分でも全身がポカポカと温まり汗が吹き出してきました。
ふらりと訪れた飲食店で、衝撃の出会いが!?
体を温めた後、ぶらぶらと温泉街散歩をしていると…非常に珍しいお店を見つけてしまいました。
焼売専門店なるもの。ずばり店名は、「シウマイハヤマデタベルモノ」。
え〜! 面白い!
アポ無しでワクワクしながらお店にお邪魔してみました。カウンターにはインバウンドの外国籍のお客様が何組も。
メニューを見ると、やはり焼売!!
私は焼売のセットとコーラを注文しましたが、20分ほどお時間をいただきますとのこと。なるほど、やはり焼売なので、蒸し立てのものが出てくるということで、その本格さに期待値が高まります。
焼売が出来上がるまで店内の撮影をさせていただこうかと許可を得て、席から立ち上がったところ…店内奥のほうに人が1人通過できるくらいのスペースがあり、どうやら隣の建物とつながっている様子。
これは何のスペースなのだろうと何の気なしに入ってみたところ…
このために私は今日定山渓にやってきたのだと思ってしまったほどの衝撃的な出会いが待ち受けていたのです。
そちらの部屋に足を踏み入れた私が目にしたのは、天井から床に至るまで所狭しとぎゅうぎゅうに並べられた木彫りの熊の数々!!
そうです。あの北海道の名産品木彫り熊です。
お馴染みの、鮭をくわえたタイプから、人間の腰位の高さがある大迫力のもの、お面のように熊の顔部分のみが壁にかけられているもの、手乗りサイズ、そして母熊が可愛らしい双子の赤ちゃん熊をあやしているものなどなど…。
私の人生において、これだけの数の木彫り熊を一気に見たのは初めてでした。
かつて、木彫りの熊といえば…もらってしまったら困ってしまう名産品、というような不名誉なイメージを抱かれたこともあったはず。
実は私も、しっかりと木彫りの熊に対して意識を向けたこと、そしてまじまじと見つめたことが、どさん子でありながらなかったなということに恥ずかしながら気づいたのです。
一つひとつ見ていくと、熊の表情の豊かなこと。そしてその瞳の優しいこと。
真っ黒く艶やかな光を放つ熊もいれば、優しいホワイトベージュ系でマットな質感、彫刻のノミの跡がしっかり残っているものから滑らかなものまで、木彫りの熊といえども、これだけのバラエティに富んでいるのかととにかく驚き。
もともとゴールデンレトリバーを我が家で飼育していることもあり、動物が大好きではありましたが、何よりもまず、熊さんの可愛らしく、優しいお顔の数々に魅了されてしまったのです。
なぜこんなところに?大量の木彫り熊がある理由
木彫り熊にすっかり心を奪われた私ですが、そもそもなぜこちらの焼売屋さんにこれだけのものがあるのか、そしてこちらはすべて売り物なのか、大きな疑問が私の中に浮かんでいたタイミングで、店主の大村さんとお話しする機会に恵まれました。
実はこの熊さんたち、すべて大村さんがコツコツと数年かけて集めたもの。
ほんの数年前に突然、何かの啓示を受けたかのように木彫り熊にはまり、怒涛のごとく集め始めたのだそうです。基本的には多くの人に魅力を知って欲しいというのがコンセプトとのことですが、もちろん購入も可能。
実は、アイヌ文化の見直しや地域ごとの手仕事文化の再発見に価値が見出されている昨今、北海道の木彫り熊もかなり注目されているとのことなのです!
大村さんによれば、インテリアなどを扱う誰もが知っているおしゃれな雑誌で、木彫り熊の特集が組まれたことも。亡くなった作家さんの作品にはプレミアがつくものもあり、かつ現役で活躍されている作家さんも多くいらっしゃるとのことでした。
そう、“もらったら困ってしまうお土産”なんていう不名誉な称号は悲しいことにかつて確かに存在はしましたが、今ではおしゃれな人にこそピッタリのアート作品として大注目されているのです。
今回、私もこの木彫り熊さんの魅力にすっかりやられてしまいまして、こちらのお店から1つ連れ帰らせていただきました。
グリーンのかわいらしい球の上に、コロンと片手に収まるサイズの幼い表情のくまさんが乗っているという非常に珍しいもの。
可愛いでしょう?!
今回購入してみてまず感じたのは、触れてみると温かさがあるということ。
例えば陶器やガラス製の置物などは触れるとまず冷たさが皮膚に伝わってくると思いますが、木ならではの温かみが手のひら全体に広がり、そして不思議なフィット感があるのです。
何なんでしょう、この感覚。
熊さんと自分の手のひらが一体化するような…置物と言う概念を超えた、場合によっては、ちょっとしたペットのような…そんな愛着が湧いてくるパワーがあるのです。本当に不思議。
私はこの玉乗り熊さんを家の中の目立つ場所に置き、毎日頭や背中をそっと撫でています。
木彫り熊は、人間と自然の歴史を表すもの
ここまで来ると木彫り熊のことを色々と調べたくなった私。「開講!木彫り熊概論」(北海道大学大学院文学院 文化多様性論講座 博物館学研究室 田村 実咲著/文学通信刊)なる本を手に入れまして、勉強してみました。
木彫り熊は大正時代末期に作り出され、北海道観光の人気拡大に伴い、道内外各地で盛んに製作販売された歴史があります。ところが、時代とともに北海道観光に求められる価値が変化していき、かつては年間およそ250万個といわれるほどにまで盛り上がっていた木彫り熊の製作も縮小されていきます。
しかし、先述の通り現在でも製作は続いています。高齢化や後継者不足が課題となる一方で、若い世代の職人や作家の活動にも注目が集まり、今回私が出会ったような専門店が北海道各地に新たに登場。また、道内の美術館でも、最近は木彫に特化した展覧会がよく行われるようになりました。
こちらの著作の中で非常に印象的な言葉がありました。ある木彫り熊作家さんへのインタビュー中にあった
「何かの形で動物に対する不思議さっていうのを、ある程度文学的な人間の知恵や力で形に残していった方が、後の子供たちが寂しくねぇと思うよ」
というもの。
自然への畏怖の念が、かつてに比べ明らかに異質なものになりつつある昨今。その尊敬の念や不思議さを形にしっかり残し、人から人へと手渡していく。木彫り熊がその不思議さの依代だと言うのです。
長年培われてきた人間と自然との歴史そのものが形となった木彫り熊。そして、それが多くの人の目に触れてきたのです。
量産化され、残念なことに職人さんのお仕事も正しく評価されない時代もありました。そういった時代を乗り越えて、今こそ絶対になくしてはいけない文化と言えるでしょう。
もしご自宅やご実家に熊がある方、しまい込まずに埃を落とし、まず両手でそっと包み込んでみてください。
不思議な温もりが伝わってくるはずです。そしてよくそのお顔を見てみてください。どことなくあなたのかつて愛したペットや、今愛してやまない誰かに似ていませんか?
今北海道で買って帰るべきお土産は、おしゃれなアートでもあり、懐かしく温かな気持ちを思い起こさせる木彫り熊なのかもしれません。
ちなみに、その後しっかり蒸しあがったばかりの焼売をいただき、やはり山で食べるシウマイは絶品だなと実感。
あなたの運命の木彫り熊と出会える、山の焼売屋さん。ぜひ一度足を運んでみては?
Profile
アンヌ遙香
1985年生まれ。北海道出身。2010年より小林悠名義でTBSでアナウンサーに。現在は札幌を拠点にフリーアナウンサー、文筆家、スクール講師などとして活動している。ゴールデンレトリバーの愛犬と仏像をこよなく愛す。
Instagram:@aromatherapyanne
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