【歌舞伎役者・尾上右近】舞台に立つことに貪欲な挑戦者であり続けたい
歌舞伎界の若手ホープとして注目を集める尾上右近さん。歌舞伎伴奏音楽の清元節(きよもとぶし)の宗家に生まれた右近さんは、歌舞伎俳優として活躍しながらも清元栄寿太夫(えいじゅだゆう)を襲名。近年は映画やミュージカルなどでも活躍し、多才ぶりを発揮しています。
さらには今回で8回目を迎える自主公演「研の會(けんのかい)」が8月31日(土)大阪・国立文楽劇場を皮切りに開催されます。
多忙を極める右近さんに、自主公演のことから右近さんが考える歌舞伎の楽しみ方、リフレッシュの仕方などをじっくり伺いました。
歌舞伎へのイメージを払拭して、まずは劇場に足を運んでほしい
――歌舞伎は日本の伝統芸能として「継承」されてきたものの象徴的な存在ですが、第一線で活躍されているからこそ、「継承」することの難しさも身をもって実感されているのではないでしょうか?
たしかに伝統芸能を受け継ぐことには、難しさと責任があるのでついつい楽しむことを忘れてしまいがちです。でも、楽しむ心を持ち続けることこそが修行だと思います。その楽しむ心を持ち続けるには、楽しいことをつねに見つけることが大事だと思います。たとえば、人が気づかないことに気づいたり、つい忘れがちな大事なことに心を止めたり。そういったことこそが「かぶく」ということだと思うんです。
継承していくことは難しいですが、僕の場合は「歌舞伎は楽しい」、「歌舞伎が好き」という気持ちが真ん中にあるので、その難しさすらも楽しんでいる状態です。
――これまで歌舞伎を観たことがない人にとっては敷居が高く、難しいものと思われがちですが、そんなイメージを右近さんはどのように捉えていますか?
歌舞伎は楽しむ心が詰まったものだと思います。すさまじい時代の変化があっても、400年も受け継がれているということは、歌舞伎を楽しむ心が忘れられていないからだと思うんです。しかし、観たことない方が「歌舞伎」と聞くとどうしても難しくて近寄りがたいと思う気持ちもわかります。
それでも、イメージは持ったままで構わないのでまずは一回観に来ていたただきたい。今回の自主公演「研の會」の演目は、母親の物語である『摂州合邦辻』と、父親の物語である『連獅子』を扱います。どちらもテーマが明確なのでわかりやすいと思います。一人でも多くの方に歌舞伎の世界観に触れてほしいです。
――今のお話からすると、継承することを楽しむという意味で自主公演「研の會」を企画されたのですね。
伝統を重んじる歌舞伎の世界で新しいことに挑戦することは難しくはありますが、誰かのせいにして挑戦しない自分が恥ずかしく思えたので、思い切って自主公演を企画しました。でも実際やってみると自主公演は企画から本番まですべて自分の責任なので本当に大変なんです。人を巻き込みながら、それでも8回目の今回も、今の自分にしかできないことを楽しく担いたいと思っています。
自主公演は日本全国で公演したい。そしていつかは海外も視野に
――「研の會」では毎回新しい演目に挑戦することを課されているとか。年齢を重ねるごとに新しいものやことに着手することに億劫になる人も多いと思うのですが、右近さんはいかがですか?
新しいことを始める時は躊躇してしまうものだと思うんです。でも、僕はワクワクが勝るので、あまり億劫になることはないです。それよりも失敗したくない、恥をかきたくないと新しい挑戦をしない自分のほうが恥ずかしいです。
――いま現在、挑戦してみたいことはありますか?
新作歌舞伎には挑戦したい、というよりもしなきゃいけないと強く思っています。あとは、そうだな…。以前挑戦させてもらったミュージカルの舞台にもまた立ちたいという思いもありますね。ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」、「衛生 リズム&バキューム」で気持ちを音に乗せる楽しみを知ることができました。舞台に立つことにはいくつになっても貪欲にそして、挑戦者でありたいです。
――新作歌舞伎にミュージカル、自主公演「研の會」の継続とまだまだ右近さんから目が離せませんね。
自主公演に関しては、まずは10回を目指していきたいです。そして自分の行きたい土地に行き、有名な劇場から小さな芝居小屋まで、たまにどこかの体育館をお借りしてなど、あらゆるところで一人でも多くのお客様に歌舞伎を楽しんでもらえたら嬉しいですね。
――いずれ自主公演で海外進出も有り得そうです。
今年の秋に海外で歌舞伎を披露する機会をいただいているので、そこでお客様の反応や感触をつかんできたいなと思っています。
今の世界しか知らないことが怖いという思いも…
――今年の11月には出演映画も公開になるなど、右近さんは舞台のみならず映像にも挑戦されています。目まぐるしい日々をお過ごしかと思いますが、どんなふうにリフレッシュされていますか? その方法を教えてください。
そんな大それたことはしていないです。僕の場合は仲間と過ごすことでリフレッシュされます。後悔するほど飲み、演じることについて語る、そして最終的には泣いています。清々しい後悔を味わいながら、生きてることを実感することもリフレッシュ法のひとつですね(笑)。
――演じることがとことんお好きなんですね。
好きですね。でも、この世界しか知らない自分も怖いんです。今はとことん演じるということだけを考えていますが、この先何があるかはわからないので、あらゆることに目を向けて、臨機応変に対応できる人間でいたいです。
――歌舞伎は長丁場を数十キロもの着物やかつらを身に付け、舞台に上がっているかと思いますが、日々の体調維持や健康管理はどのようにされていますか?
20代はまったく考えていませんでしたが、30代になり少し意識するようになってきました。歌舞伎は役によってハードな時とそうでない時の差が激しいのですが、じっとしている役が多い時ほど、ジョギングをしたりして体を動かしています。また、もともと体が異常に固いのでパフォーマンスに響いたらいけないと思い、最近はストレッチをして体をほぐすようにしています。
――歌舞伎は白塗りの華やかな和化粧が特徴的。肌管理も大変なのではないかと思うのですが、スキンケアで意識されていることはありますか?
よく質問を受けますが、実は舞台の本番がはじまっている期間のほうが調子いいです。一見、下地に鬢付け油を塗ったり、おしろいを塗ったりと、肌にとっては良くないように思うかもしれませんが、パックの役目をはたしてくれているので調子がいいというわけです。むしろオフの時のほうがお化粧をしないうえに、時間も不規則になりがちなので肌トラブルが増えることがあります。
カレーは僕のパートナー
――カレー好きで有名な右近さんですが、そもそも好きになったきっかけはどんなことなのでしょうか。
歌舞伎座のすぐ近所に「ナイルレストラン」というインド料理専門店があるのですが、子どもの頃から家族や先輩に連れて行ってもらうようになって、カレーの魅力にはまっていきました。カレーは時間がない時でもさっと食べることができますし、バリエーションも楽しむことができます。そして、なによりもワンプレートで元気になります。どんな劇場に行ってもだいたい近くにカレー屋さんがあるので、その土地のカレーを楽しんでいます。もはやカレーは自分にとってパートナーです(笑)。
――ご自身で作ったりはしないのですか?
しないです。凝り性なので、やらなきゃいけないことをそっちのけで、カレー作りに没頭してしまいそうなので(笑)。カレーはあくまでもお店で食べるものとしています。
――最近食べたカレー屋さんで美味しいお店を教えてください。
最近まで福岡に長期滞在していたので、天神にある老舗の「ツナパハ」というお店のスリランカカレーが美味しかったです。昼と夜の公演の合間にさっと食べに行っていました。かなりスパイスが効いているカレーなのであとで後悔することはわかっているのですが、それでもどうしても食べたいんです。汗だくになりながら、食べ終わったあとは多幸感に包まれていましたね(笑)。
いつか眞秀くんと二人旅も!?
――旅のお話も聞かせてください。これまで行かれた旅行先で印象に残っている土地はありますか?
海が好きなので海のキレイな土地が好きです。なかでも広島県の江田島という島が印象に残っていますね。久々に休みが取れたので人のすすめで訪れてみたのですが、最高でした。ただひたすら海を眺め、リフレッシュできました。
――旅行に行くと決めたら計画を立ててあちこち観光したり、アクティビティを楽しんだりしますか? それとも、ノープラン派ですか?
旅行は綿密な計画を立てるよりも、ノープラン派ですね。どうしても普段、時間に追われ体力を使うことが多いので、旅先ではゆっくりのんびり過ごすことが多いです。友だちと一緒に行く場合は、その人が計画を立ててくれるというならばそのプランにのっかるスタンスです。
――今後行きたいところはどこでしょうか?
今回の自主公演の「連獅子」で仔獅子役をつとめる(尾上)眞秀(まほろ)くんと話していたら、フランスに行きたくなりました。彼はフランス語が流暢に話せるのでいつか二人旅がしたいですね。眞秀くんには「旅に出たら、眞秀に頼るからよろしく。その分、歌舞伎は俺に任せて」と言いました(笑)。
Profile
尾上右近
1992年生まれ。7歳の時に、歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫で初舞台を踏む。2005年1月に二代目尾上右近を襲名。2015年より自主公演「研の會」を主宰。近作に「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド) 『ワンピース』」、「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』」、「三月花形歌舞伎『義経千本桜』『川連法眼館』『吉野山』」、「六月博多座大歌舞伎『東海道四谷怪談』」「大河ドラマ 青天を衝け」(2021年)など。また、今年は映画『身代わり忠臣蔵』が公開となったほか、『八犬伝』(2024年10月公開予定)、『十一人の賊軍』(2024年11月公開予定)への出演を控える。
■尾上右近自主公演 第八回「研の會」
一、 摂州合邦辻 合邦庵室の場
玉手御前:尾上右近
俊徳丸:中村橋之助
浅香姫:中村鶴松
母おとく:尾上菊三呂
奴入平:市川青虎
合邦道心:市川猿弥
二、 連 獅 子
狂言師右近後に親獅子の精:尾上右近
狂言師左近後に仔獅子の精:尾上眞秀
法華の僧蓮念:市川青虎(大阪公演)/中村鶴松(東京公演)
浄土の僧遍念:市川猿弥(大阪公演)/中村橋之助(東京公演)
≪大阪≫ 会場:国立文楽劇場
2024年8月31日(土)昼の部 11:00 開演/夜の部 16:00 開演
2024年9月1日(日)昼の部 11:00 開演/夜の部 16:00 開演
≪東京≫ 会場:浅草公会堂
2024年9月4日(水)昼の部 11:00 開演/夜の部 16:00 開演
2024年9月5日(木)昼の部 11:00 開演/夜の部 16:00 開演
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取材・文/安田ナナ
撮影/木南清香
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