【俳優・奈緒】“大きく傷つく覚悟”を持って臨んだ現場を振り返る
7月5日(金)に公開される映画『先生の白い嘘』は、鳥飼茜による同名漫画を原作にとても大きな心の傷を負った一人の女性が、「自らの性に対する矛盾した感情」や男女間に存在する「性の格差」に向き合っていく姿を描くヒューマンドラマです。
自分の中にある柔らかい大切なものを無遠慮に傷つけられた時、人は一体そこにどう向き合って、どう修復していこうとするんだろう。
主人公・美鈴の“親友”としてそのことにとことん向き合ったという奈緒さんに、作品への思いや役作りの方法、またその中で癒やされたことや普段のリフレッシュ方法などについても伺いました。
「やる以外に選択肢はなかった」美鈴役
――奈緒さんが演じた高校教師の美鈴は、とても過酷な経験をした女性。心のバランスを保つことが難しい役どころだったと思いますが、どうやって役作りされていきましたか?
実は以前から原作は、いち読者として拝見していたんです。このお話をいただいた時はもうやる以外に選択肢はなかったので、どういった思いで臨めばいいかなということだけをすごく一生懸命に考えていた記憶がありますね。
物語の中で切り取られている美鈴先生の人生は、ものすごく大きな出来事と、それが起きたことによって変化した部分。そこに向き合うために最初に考えたのは「もしここで描かれていることが起きなかったら、どんな人だったんだろう?」ということでした。
その大きなヒントになったのが親友の美奈子(三吉彩花)との思い出。美奈子とは思春期の頃からの仲で、原作にも回想シーンが結構あるんです。そこを読みながら“特に大きな事件が起きるわけではない日常を一生懸命に生きていた1人の女の人に、こういったことが起きたんだ”ということを念頭に置きながら映画の中で美鈴を生きられたらいいなと思いましたし、現場には目の前で起きることにきっと大きく傷つく瞬間もあるだろうなという覚悟だけを握りしめて向かいました。
――本当にとても苦しい撮影の日々が続いたのではないかと思います…。
そうですね。正直、今までにないぐらいに苦しかったです。特に早藤くん(風間俊介)と美奈子と一緒に引っ越しをする回想シーンの撮影は、どれだけそれが怖いことなのかということを体感した瞬間だったので。終わってからもしばらく震えと涙が止まらなかったですし、できればもうやりたくないって思いました。
お芝居でもあんなに怖いと思ったことを、自分の中で果たして公開されるまでにちゃんと咀嚼してお話できるかなという不安が撮影を終えてからの2年間ずっとありましたけど、映画自体は最後に希望につながっていくようなものになっているので。
今の私としては、こうしたインタビューを含めて、できるだけ誰かを傷つけることがないようにこの作品を届けられたらと願うような気持ちでいっぱいです。
過酷な中で癒やされたのは「猪狩くんとの撮影」
――そんな美鈴にとっての救いになる存在が、猪狩蒼弥さんが演じる担当クラスの男子生徒・新妻祐希。猪狩さんとの共演はいかがでしたか?
猪狩くんとは一緒のシーンも多かったですし、現場で1番お話した方でもあったと思います。猪狩くんはとてもしっかりした方ですけど、同時にすごく謙虚な心を持ってもいらっしゃる方で。こういった作品なので重いシーンなどがあっても彼にはなるべく萎縮や気を遣わずに現場にいてもらえたらいいなと思って、作品に入る前に一度、1時間ぐらいお話する時間を作っていただいたんです。
そこですごく仲良くなれたので、現場でも本当に他愛もない会話をずっとしていましたね。癒やされましたし、新妻くんとのシーンは本当に幸せでした。
反対に風間さんとはほとんどお話をせずに現場に入ったので、今思うともうちょっと最初に話していれば良かったなって思うんですけど(笑)。
――向き合い方が一番難しい立ち位置ではありましたよね。
そうなんです。早藤くんもすごく大変な役なので、休憩の合間などに果たして風間さんに話しかけていいものなのか?と考えてしまって。一緒にお芝居をしている時は、それはもう本当にめちゃくちゃ怖かったですし。
でも最後のシーンの撮影の時に風間さんのほうから「奈緒ちゃん、ちょっと話してもいい?」と言ってくださって。風間さんとはたまたま次の舞台でもご一緒する予定だったので、それもあってこの作品のことじゃなかったら話せるかなと思ってくださったみたいです。それで「私、風間さんに話し掛けちゃいけないのかなって思ってたんですけど」と言ったら「いやいや、俺も思ってた!」って(笑)。
そこで初めて2人ともに「なんだぁ」とホッとしてお話できましたし、すごく穏やかな時間を持つことができました。
仕事から離れて自分と向き合える大切な時間
――奈緒さんは映画で言うと「マイ・ブロークン・マリコ」や「スイート・マイホーム」など、重いというかグッと苦しくなる役どころがとても多い印象があります。
ホントですよね! いつもそうなんですよ(笑)。
――そうした重い役どころにプライベートで引っ張られてしまうこともあるものですか?
あんまり私生活で引っ張られることはないですけど、撮影期間はいつも役が自分にとっての“親友”に近い感覚になるので。例えば自分の親友がそういう目に遭っていたら、苦しいじゃないですか。
もちろん自分には自分の生活があるので切り離して生きていかないといけないですけど、これをお芝居で実際に体感したらもっとしんどいんだろうなっていうことも、もうなんとなく分かってきたので(笑)。やっぱりどうしても台本を読んで役のことを考えている時間は毎回「あぁ、苦しいな」って思いますね。
――その中でのリフレッシュ方法というと?
大好きな人たちに会ったり、あえて1人になってみたり。わりとその時々によってリフレッシュ方法が変わりますけど、最近は役とは真逆のことをすることが多いかもしれません。今は舞台の稽古中なんですけど(取材は4月中旬)、編み物にハマっているところです。
連続ドラマ中などは寝る時間を確保するのも大変な時があるので、そういう時はあまり集中しすぎちゃうものはしないようにしていたんですけど、舞台の稽古中だったらある程度の睡眠時間は絶対に確保できるので「今だったらチャンスかも!」と思って。それでずっとやってみたかった編み物を始めてみました。
最初の頃は毛糸を編んでいたんですけど、やっぱりどうしても冬仕様にはなってしまうので、これからは麻っぽい紐を使って自分が使うバッグなどを作ってみようかなと思って、ちょうど編み始めたところです。
今は家に帰ると少し編んでから寝る、というような生活。そうすることで一度仕事から離れて自分に向き合えるので、とても大切な時間になっています。
Profile
奈緒
1995年生まれ。福岡県出身。NHK連続テレビ小説『半分、青い。』でヒロインの親友役に抜擢されて注目を浴びる。近作にドラマ「ファーストペンギン!」(22年)、「あなたがしてくれなくても」(23年)、「春になったら」(24年)、映画『マイ・ブロークン・マリコ』(22年)、『#マンホール』『スイート・マイホーム』(ともに23年)。現在、出演映画『陰陽師0』、『告白 コンフェッション』公開中、WOWOW『演じ屋 Re:act』放送・配信中。映画『傲慢と善良』(9月27日公開)が控える。
■『先生の白い嘘』
劇場公開:7月5日(金) 全国劇場&3面ライブスクリーンにてロードショー
出演:奈緒
猪狩蒼弥 三吉彩花
田辺桃子 井上想良 小林涼子 森レイ子 吉田宗洋 板谷由夏 ベンガル
風間俊介
原作:鳥飼茜 「先生の白い嘘」(講談社「月刊モーニング・ツー」所載)
監督:三木康一郎
脚本:安達奈緒子
©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社
取材・文/松木智恵
撮影/須田卓馬
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