【元競泳選手・入江陵介】これからは自分が“伝える立場”になりたい
16歳で日本代表入りをして以降、4大会連続でオリンピックに出場し、3つのメダルを獲得してきた入江陵介さん。2024年4月のはじめに現役引退を発表しました。
多くの記録を打ち立て、競泳界で大活躍してきた入江さんはこれからどんなことに挑戦していくのでしょうか。トップを走り続けた選手時代に感じたことから、引退後の「これから」についてじっくり語っていただきました。
セカンドステージがはじまるような、延長戦のような「これから」について
――まずはこれまでの現役生活を振り返って、今のお気持ちを聞かせてください。
今年の夏に開催される「パリオリンピック」に出場できないことは悔しいですが、今は選手として「やりきった!」という感覚が強いので、清々しい気持ちで生活しています。
――これまでは毎日プールに入っていたかと思いますが、今はどうでしょうか?
引退のレースから一度も入ってないです。だから、毎日の生活も大きく変わりました。これまでは練習ありきの日々でしたが、現在は比較的、午前中は自宅でゆっくり過ごし、午後になったら出かけたり、人と会ったりという生活です。まだ新しい生活に慣れていない状態です。
――では、入江さんにとってここからの人生は「セカンドステージ」という感覚でしょうか? それとも「これまでの延長」のような感覚でしょうか?
競泳選手として目標に向かって頑張ってきましたが、これからは新しいことへ挑戦できるという想いでいるので「セカンドステージがはじまる」という感覚です。しかし、競泳界の普及活動や、スポーツの楽しさを伝えていくという活動においては「延長線上」でもあります。
音楽に支えられた18年間
――入江さんは“水泳”という得意なことを武器にここまで走り続けてきたかと思いますが、長い年月をかけて向き合うことで、心が折れてしまう瞬間はありましたか?
たくさんありました。辞めてしまいたいな、と思うこともありました。でもその瞬間に、自分の中に「まだ戦いたい」「もっと上を目指したい」という、前向きな感情がある限りは乗り越えることができました。また、周りの方にも本当に支えてもらいました。みなさんの力を借りたおかげで、ここまで走り抜くことができたと思っています。
――ご自身がつらい時に心の励みになったものはありますか?
音楽にはかなり救われました。中学3年生までピアノを習っていたので、僕にとって音楽は大事な存在です。ずっと同じ曲に支えられたというよりも、その時の自分の気持ちとリンクする曲を何度も聴いたりして支えてもらっていました。最近だとMrs. GREEN APPLEさんの「僕のこと」が好きです。生の演奏や歌声を聴くと心からリフレッシュできるので、時間が合えばコンサートにもよく行きました。
――試合の直前までヘッドホンをしながら音楽を聴いている選手を見かけますが、入江さんも試合直前まで聴かれていましたか?
レースの直前までヘッドホンをして聴いている選手もいましたが、僕は観客の歓声だったり、会場の雰囲気だったりを味わって気持ちを高めたいタイプだったので、試合前は聴きませんでした。どちらかというと、ストレッチの時間やお風呂に入っている時など、気持ちがリラックスしている状態の時によく聴きます。
――音楽以外に気分転換できることはありますか?
バラエティー番組は好きです。知らず知らずのうちに笑顔になりますし、声を出して笑うことでネガティブな感情を吹き飛ばしてくれるので、バラエティー番組には元気をもらっています。
小学生の時の夢だったアナウンサー
――入江さん同様、春から新しい生活を迎えている方もたくさんいるかと思います。そんな方々にメッセージをお願いします。
きっと思い描いていた生活と違うと感じている方もいるかとは思います。一人暮らしが始まって寂しい思いをしている人もいるかもしれません。すぐに「これは違うな」と明確に感じたら変えることも大事なことかもしれません。
でも、単純に「嫌だから」、「面白くないから」という理由でやめてしまうことはもったいないと思います。だからまずは「継続すること」が大事だと思います。続けてみることで、その先に何かが見えてくることがあると思うので継続もひとつの選択肢と考えてみてほしいですね。
――引退会見の場で、「これまでは伝えていただく立場だったが、伝える立場にもなってみたい」と語られていました。現時点では具体的にどんなことを目標にしていますか?
スポーツの普及活動は積極的に行っていきたいですが、メディアの仕事にも携わっていきたいです。小学生の時の夢がアナウンサーだったので、伝える立場であるスポーツキャスターは憧れます。ただ、これまでと立場が逆ですし、まったく知らない分野のお仕事なので現場に行く機会をもらえるのであれば、勉強したいです。
――水泳以外のスポーツを伝えることは入江さんにとって新たな挑戦ですね。
水泳に限らず、スポーツ全般好きでよく観戦にいきますが、オリンピック種目でもルールを知らないスポーツもあります。これから勉強しなければならない部分もありますが、スポーツ観戦を楽しんでいる方たちと同じ目線に立って、スポーツの素晴らしさを伝えていけたらいいなと思っています。
――では、趣味としてこれから始めたいスポーツはありますか?
まだなにも準備はしていませんが、マラソンは始めてみたいなと思っています。いつかフルマラソンを完走したいなという夢はあります。
また、現役時代になかなかウインタースポーツをする機会がなかったので、スキーやスノーボードもやってみたいなと思っています。
救われた言葉は「休んでもいいんじゃない?」
――自分が好きなことを仕事にできたらいいけれど、なかなかうまくいかないと悩んでいる方にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?
自分が好きな仕事で周りから評価されれば1番いいことですが、自分が好きな仕事でも人から評価されない、またその逆で自分が苦手な仕事だけれど人から評価されることもあると思います。
あくまでも僕の考えですが、自分の評価と人からの評価を照らし合わせて、そこの折り合いをどうつけていくかだと思います。
――入江さん自身はくじけそうになった時に「救われた」と感じたことはありましたか?
現役時代、どうしてもうまくいかない時期がありました。その時、先輩に「1年休んでもいいんじゃない?」と言われたことで救われた経験があります。「頑張れ」と背中を押されるわけではなく、「ちょっと立ち止まってみたら」という言葉で選択肢をもらえたような気持ちになり、心が軽くなりました。実際には休むことはしませんでしたが、寄り添ってもらえたことでまた目標に向かうことができました。
――たしかに、心に余裕が生まれるだけでも気分が軽くなることはありますよね。そのほか、何かご自身なりのメンタルケアの方法があれば教えてください。
やっぱり音楽に救われる機会が多かったですね。好きな音楽を聴くことでメンタルを整えていた部分はあります。また、どちらかというと家の中で過ごすよりも出かけることが好きなので、友だちとドライブしたり、温泉に行ったりと外の空気を吸うことで気分転換を図っていました。
――お話を伺っていると、入江さんは常に前向きなマインドの持ち主のように感じます。その感覚は幼い頃から変わりませんか?
どちらかというと、幼い頃はネガティブ思考でした(笑)。でもいろんな人と出会って話をするなど、人と接することは好きでしたね。これまで狭い世界で生きてきたので、これからはどんどんいろんな分野の方と繋がって視野を広げられたらいいなと思います。
辛いトレーニングよりも「姿勢」を意識するだけで
――入江さんといえば水泳経験者の人たちから見ても体幹のブレなさが別格だと言われています。もし、日常生活において読者の方が真似できる体幹トレーニングがあれば教えてください。
トレーニングというほどおおげさなことではないですが、姿勢は意識して生活しています。難しくて辛いトレーニングで自分を追い込むのではなく、姿勢を意識するだけでも変われると思います。
――たしかに姿勢を正すことであれば誰でも簡単にできますね。
どうしても今の時代、携帯を見る機会が多いので猫背になってしまいがちです。だからこそ、姿勢を意識して生活するだけでずいぶん違うと思います。
いつかハイジのようにスイスで駆け回ってみたい
――遠征で数々の国に訪れている入江さん。これまで訪れて印象的だった国や地域はありますか? その理由も聞かせてください。
これまでいろんな国にいきましたが、ヨーロッパが好きです。中でもスペインのバルセロナが印象深いですね。街がコンパクトなので行動しやすいですし、パエリアなどのスペイン料理も好きです。
――遠征中はプライベートな時間を楽しむことはできないのでしょうか?
レースのあいだ、あいだで少し時間がある場合もありますが、そこまでゆっくり観光するような時間はなかなかないです。また、遠征中はお酒が飲めなかったので、次に行く時は”バル“でゆっくりお酒を楽しみたいですね。
――ゆっくり時間をとって訪れるとしたら、どこへ行って何をしたいですか?
スイスに行きたいです。一度だけ試合で行ったことがありますが、満喫できなかったので次はゆっくり観光をしたり、食事を楽しんだりしてみたいです。
――日本とは違った環境を満喫するのも旅の醍醐味ですよね。
そうですね。スイスでは山岳リゾートを列車で回ったり、「アルプスの少女ハイジ」のように360度、山に囲まれたシチュエーションで駆け回ったりしたいです(笑)。チーズが大好きなので、本場のチーズも楽しみたいですね。
――国内旅行はどうでしょうか?
それが国内は行ったことがない土地ばかりなんです。だから温泉や世界遺産を周ってみたいですね。
――旅行に行く時は無計画で行き、その場の流れを楽しむタイプでしょうか? それとも入念に調べて計画を立ててから行くタイプですか?
ホテルや乗り物の時間など、ある程度は決めて行きたいです。せっかくの旅行なので失敗はしたくないですし…。でも、内容によってはその場の雰囲気に任せて楽しむこともありですね。基本的に1人では旅行に行かないので、仲間と相談しながら旅の思い出を作っていきたいです。これからは自分の時間が取れる機会も増えていくと思うので、いろんな国に行ってみたいです。
Profile
入江 陵介
元競泳選手。大阪府出身。イトマン東進所属。1997年「イトマンスイミングスクール」玉出校に通い始め、中学の時に種目を背泳ぎに絞る。高校1年の時に高校総体200m背泳ぎで優勝。2008年に北京オリンピックでデビューを飾り、男子200m背泳ぎで5位入賞の成績を残した。2012年「ロンドン五輪」では、200m背泳ぎ銀メダル含め3個のメダルを獲得。2016年「リオ五輪」出場、2020年には「東京五輪」に出場と、数多くの記録を打ち立てている。
<衣装>
ZEGNA
ヘアメイク/青田真由美
取材・文/安田ナナ
撮影/須田卓馬
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