民藝に触れ、暮らしを見つめる。界 鬼怒川で過ごすリトリート&湯治の旅

民藝に触れ、暮らしを見つめる。界 鬼怒川で過ごすリトリート&湯治の旅

リトリートとは、日常から切り離された非日常な空間で、心とからだを解き放つような時間を過ごすこと。そのなかで、自分自身を見つめ直し、大切なものを再認識する。そんな旅が、いま注目を集めています。
一方で「湯治」というと、長期滞在する昔ながらの温泉療法というイメージでしょうか。

今回、わたしが向かったのは栃木県日光市、星野リゾートの温泉旅館「界 鬼怒川」。界では湯治を現代流にアレンジし、一泊二日で堪能できる「うるはし現代湯治」としてプログラムを提案しています。

リトリートと湯治。豊かなくつろぎの時間を過ごしながら土地の魅力に触れ、わたしの大切なものを再発見する。そんな一泊二日をご紹介します。

エントランスに到着すると、さっそくとちぎ民藝のひとつである、黒羽藍染の凜としたブルーと贅沢にあしらわれた大谷石がお出迎え。ここが、これから始まる非日常への入り口です。ロビーへは、ここからスロープカーで向かいます。

紅葉、そして銀世界へと続いていくこれからの季節も楽しみになる道のりです。

「界 鬼怒川」の魅力は、モダンな空間のなかで堪能するとちぎ民藝と、木漏れ日に包まれるような穏やかな自然。館内には、いたるところに栃木で育まれた民藝品が織り込まれています。

そもそも民藝とは、「民衆的工芸品」から生まれた造語で、高級な美術品ではなく日常の中で使われる工芸品のこと。その実用性にこそ美しさがあるという考えは、柳宗悦により「用の美」としても知られるようになりました。

界 鬼怒川では、滞在しながら民藝品の美しさや使い勝手に触れ、暮らしに根づいた「用の美」を体感できるのです。

たくさんの大きな壺、そして、ずらりと並ぶ豆皿は……? その種明かしは、またのちほど。

回廊になった館内は、どこにいても中庭の豊かな緑を楽しめます。自然のたくましさや野性味あふれる美しさを感じられる庭づくりで、訪れたときにはヤマモミジがほんのり色づき始めていました。

暮らすように民藝に触れる、モダンなご当地部屋

さて、こちらが今日のお部屋です。

ご当地部屋「とちぎ民藝の間」と名付けられた客室には、栃木の文化と伝統を感じる民藝が随所に。まっさきに飛び込んでくるのは、やっぱり黒羽藍染の落ち着いたブルーです。このアクセントが、和室をモダンに、そしてクールな印象にしています。

静かに出迎えてくれるのは、伝統工芸品である「栃木線香」の、ほのかな竹の香り。置くだけの火を使わないお香です。枕元には、栃木の伝統工芸品に指定されている鹿沼組子のつい立てが。釘や接着剤を一切使わず、寸分の狂いなく組み上げた技術の結集です。

障子にあしらった黒羽藍染が、柔らかな光を受け、藍の表情が浮かび上がらせます。さらに、床の間で静かに存在感を放つのは、益子焼の花器。

客室には、敷地を抱くような森に面した露天風呂も。

この空間が、とにかく極上で2度3度と堪能しました。まろやかなお湯に身を放つと、心もからだも溶けるよう。思い立ったらすぐに入れる客室露天風呂は、旅ならではの贅沢です。

一日に何度も入りたい温泉旅館では、こんな充実のスキンンケアがあるとうれしいものです。普段は旅行となるとあれこれ持参しますが、ここでは身軽にお邪魔して、アメニティにおまかせ! 和漢生薬エキスを使ったサロン仕様のスキンケアは、温泉あとの肌をさらに引き立てる、穏やかな使い心地です。

お部屋で一息ついたあとは、さっそく温泉へ。大浴場へと続く回廊にも、たっぷりと贅沢にあしらわれた黒羽藍染や、益子焼の灯籠が目を楽しませてくれます。

関東の奥座敷。大名も愛した美肌の湯へ、いざ

温泉に入る前には、界の湯守による「温泉いろは」のレクチャーを。

温泉に関する豆知識や、泉質、呼吸法などを教えてもらい、簡単なストレッチ体操も。このひと手間が、このあとの入浴効果をぐんと高めて、さらにリラックスできる体へと導いてくれます。

参加後は、御朱印帳ならぬ「お湯印帳」をいただきました。

鬼怒川の地は「関東の奥座敷」ともいわれ、昔は将軍や大名のみが入ることを許された、由緒正しい温泉だそう。まろやかでさらりとしたクセのないお湯で、長時間入っていても疲れにくい、まさにリラックスの湯。もちろん美肌の湯としても知られています。
……と、こんな豆知識も、もちろん「温泉いろは」で教えていただいたのでした。

湯上がり処にも、藍染の団扇やクッションがずらり。モダンな畳空間で、湯上がりは冷たい黒豆茶やリンゴジュース、4種のアイスバーで、水分補給をしながら一休み。

土地の魅力を五感で味わう、特別会席

湯上がりのひとときを過ごしたあとは、ご当地の味を存分に楽しめる秋冬の特別会席「伊勢海老と牛ロースの龍神鍋会席」をいただきます。
まずは、地元の味を生かして趣向を凝らした「ご当地先付け」が、華やかに食事の幕開けを飾ります。

鹿沼組子のかご細工からお目見えしたのは「牛肉とらっきょうのタルタル とちおとめのドレッシング」。とろりとほぐれる牛肉に、名産品であるらっきょうのたまり漬けのシャキッとしたアクセント、そして甘酸っぱいいちごの風味が合わさり、その組み合わせの妙に驚き、心躍る始まりの一品でした。

そしてこちらは、目にも艶やかな宝楽盛り。八寸とお造り、酢の物までの盛り合わせです。シャープでモダンな鹿沼組子に益子焼のうつわ、さらに黒羽藍染も色を添えています。

そう、一連の食事にも、民藝品が存分に使われているのです。重さや質感、感触など、うつわを実際に目で楽しみ、そして暮らしの一部のように使いながら食事をすることで、益子焼に親しみがどんどんわいてきました。

メインには、栃木名産の巻湯波をはじめ、伊勢海老や牛肉、たっぷりのきのこなどが入った山海龍神鍋が登場。約800度に熱した石を鍋に沈め、その余熱で鍋を仕上げます。目の前で立ち上る湯気もごちそうです。

テーブルの片隅で静かに出番を待っていた土鍋も、実は益子焼です。蓋に描かれているのは藍の花だそうで、界 鬼怒川のためにつくられた特注品。蓋をとると、ふわりと秋の香りがあふれ出しました。紅葉鯛とまいたけ、さつまいも、すだちが入った炊き込みご飯は、秋の訪れを祝うような味わいでした。

最後の甘味は、ゆずのジュレをまとった豆乳羹。甘くコリっとした歯触りは、なんと栃木名産のかんぴょう!

ボリューム満点の会席ですが、土地の新鮮な野菜をたっぷり使っているからでしょうか。食べ疲れすることなく、心地いい満足感で食事を終えました。

温泉旅館ならではの、芯からくつろぐリラックス時間

食後は、客室の露天風呂でじっくり体を温めたあと、楽しみにしていたマッサージの施術を。

マットレスは界オリジナル、極上の眠りを誘う「ふわくもスリープ」。

施術は客室で行います。わたしが受けたのは60分の「デジタルストレスケアマッサージ」。首から肩、腰、頭など、パソコン作業で疲れがちな場所を中心に、体の状態に合わせてじっくりほぐしてもらいました。専門の有資格者によるオールハンドマッサージは、とにかく至福のひととき。

温泉でめぐりのよい状態になった体が、さらにやわらかく、しなやかになるのを実感しました。なんといっても、翌朝の体の軽さといったら!

もっと知りたい益子焼の魅力を堪能する「益子焼ナイト」

夜は、益子焼への親しみと知識をもっと深めるイベントへ。ご当地楽「益子焼ナイト」では、「益子焼の歴史は?」といった素朴な疑問から、民藝の奥深さを知る知識まで、テンポの良い語り口とスライドで楽しくレクチャーしてもらえます。

事前に、ロビーの豆皿コレクションから感性のままに好きな3枚をセレクト。ではそのなかに、益子焼はあるでしょうか? という益子焼クイズも。益子焼ならではの、日常使いしやすいぽってりとした風合いや、釉薬の色味など、さまざまな角度からその魅力を知ることができました。

さらには益子焼を使った笛と打楽器による演奏も! そう、ロビーにあった益子焼の壺、実は楽器だったのです。

夜の庭を眺めながら、しっとり静かに過ごすワインの夕べ

秋の夜長のお楽しみは、もうひとつ。

中庭の紅葉を望むお食事処のカウンター席で、ワインとフィンガーフードを楽しむ「夜もみじワインバー」です。ワインは栃木県足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」。毎年、11月の収穫祭に合わせて作られるワインを、地元の作家による益子焼のグラスでいただきます。

さらにフィンガーフードは、栃木を代表するフレンチレストラン「Otowa restaurant(オトワレストラン)」特製の2品。舌のうえではじけるディブルフラワーのジュレと、カシスをまとった豚肉のテリーヌにかぼちゃを添えたアミューズで、ロマンティックな夜を締めくくりました。

※「夜もみじワインバー」は、2023年11月1日〜21日までの開催です。

木漏れ日体操と温泉で、すこやかな一日を

翌朝は、湯上がり処で「木漏れ日体操」に参加しました。呼吸を整えながらリラックスし、朝の体をゆっくりと目覚めさせ、めぐりのいい一日を始められるストレッチ体操です。

緑を見ながら体をほぐすのは、ほんとうに気持ちがいい!

栃木の味をもっと! 朝食で知る、土地の風土

朝は、こんな和定食をいただきました。栃木の郷土料理で、地元では小学校の給食にも出るという「しもつかれ」や、もち麦の入った納豆など、普段なかなか出会えない品も。

こちらも郷土料理の「ばっとう汁」。湯波と長芋のすいとんがはいっています。

のんびり手を動かしながら、藍のにおいに触れる

界で過ごす時間は、とてもゆっくり流れています。緑のなかに野鳥の姿を見つけたり、ぼーっとしたり、また湯船に浸かったり。

とはいえ、まったく何しない、というのも現代人には難しいかもしれません。そんな気分にフィットする、黒羽藍染のはがき作りを体験しました。

体験といっても、わいわいと参加するのではなく、客室で自由に好きなペースで取り組めます。藍染のさまざまなテキスタイルを自由に切り抜きながら、はがきにコラージュしていきます。

もくもくと手を動かしているうちに、思いのほか没頭し、無心になれました。できあがったはがきは、長く会っていない友人に送ることに。手紙を書くのもひさしぶりです。こんな時間が持てるのも、この場所だからこそ。

民藝に触れ、これからに想いを馳せる栃木の旅

ゆったりと過ごしているうちに、「そういえば、スマホを触っていないな」と気がつきました。ここで過ごす時間が、自然とデジタルデトックスにもなっていたようです。

その代わりに感じていたのは、鳥のさえずりや葉ずれの音。温泉に浸かり、マッサージを受けることで変化していく自分の肌と心の様子。

いつもよりも深く心と体の声に耳を傾け、まっさらな気持ちで「用の美」に触れるひとときは、これからどう暮らしていきたい?という問いへの答えをもらったような気がします。まさに、一泊二日のリトリート。

2023年11月3日〜6日には、毎年恒例の「益子陶器市」も開催される栃木県。東京からは、特急列車で約2時間とアクセスも抜群のうえ、浅草〜日光・鬼怒川を結ぶ新型特急「スペーシアX(エックス)」も話題です。とちぎ民藝の魅力を味わいに、ぜひ秋の特別な旅を楽しんでくださいね。

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